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第13話

「アレン、ずるい!」


公衆浴場を出た後、アレンはすぐに宿に戻った。

酒場の店主が帰って来たアレンを見て「見違えたな、兄さん」とでも言いたげに驚いていた。


少し照れくさくなりながら部屋に戻ったところでリサが不満気に文句を言った。


リサは少し前に目を覚ましていた。

起きてすぐに部屋にアレンがいないことに気づく。


どこへ行ったのかと少し不安になり、勝手に外に出て探しに行ってもいいものかと思案した。


そこへ部屋の扉がノックされ、店主が顔を出した。


「お、なんだい嬢ちゃん起きたのか」


店主の手には寝具の類がもう一式準備されていた。

部屋にベッドが一つしかないことを思いだしてアレンが帰ってくる前に寝所を整えてくれようとしたのである。


リサは店主にアレンの行先を聞いた。


「『すぐ戻る』って言っていたからな。もう直帰ってくるんじゃねぇか」


店主はそう言って部屋を出て行った。

事情を察したリサはアレンが帰ってくるのを待ち、そして帰って来たアレンの石鹸の匂いを嗅いで頬を膨らませたのである。


「私もお風呂行きたい! 行きたい!」


珍しくリサが感情を露わにしている。アレンはその様子に少し驚いた。


「リサ、そんなにお風呂好きだったの? ていうか、入ったことあるの?」


リサは魔物に育てられた。魔物に近い環境で育ったアレンに通じるところがある。そして魔物には風呂に入るという文化はない。


てっきりリサも「風呂にそこまで関心がない」とアレンは思っていたのだ。

自分の匂いについてはアレンがそうだったようにリサも自分では気づきづらいだろうと思っていた。

それまでリサから文句を言われた経験もない。


彼女の疲れを癒すために宿に泊まり、ついでだから浴場に行った。

浴場での経験はアレンにとっていい物だったが認識的にはその程度でしかなかった。


「入ったことある! 前にヨルムと行ったもん! ずるいずるい」


まるで子供のように、いや年齢的には確かに子供なのだが、それまでの大人しかった様子とは打って変わってリサが駄々をこねる。


リサにとって「風呂」がそこまで大きな存在だと知らなかったアレンは困惑した。


「ごめんリサ……。でも公衆浴場は他の人もいるしリサには無理だよ……耳で半魔なのがばれてしまう。お湯を貰って来たから今日のところはこれで我慢してくれないか」


アレンは二階に上がる前に酒場の店主にお湯と身体を拭くようのタオルを貰ってきていた。

リサは口を膨らませて反抗の意思を示したが、達観しているところもありやがて渋々と言った様子で身体を拭き始めた。


その様子を見てアレンは申し訳なくなり「こんなことなら浴場で石鹸を分けてもらってくればよかった」と思った。

ガンシルが一人では使い切れないであろう程の石鹸を持っていたのを思い出したのだ。湯船に浸かることはできずとも石鹸を使っていい匂いになればリサももう少し機嫌がよかったかもしれない。


「あっ」


浴場で出会ったガンシルのことを思い浮かべてアレンは思い出したように閃いた。


リサはまだ不機嫌そうだったが、髪も身体も丁寧に拭き終わっている。

そのリサにアレンは顔を近づける。


「リサ、今日はもう遅いから無理だけど明日だったらお風呂に入れてあげられるかもしれない」


途端にリサの顔がぱあっと輝く。機嫌は一瞬にして治ったらしい。


アレンが思い出したのはガンシルが村長をしている村のことだ。

湧き出た温泉の管理をしていると言っていた。


ということは源泉があるはず。山の中の小さな村ならば人目につかず湯に浸かれるところもあるかもしれないと思ったのだ。

「明日、ガンシルさんの村を訪ねてみよう」とアレンは決めた。


その後、機嫌の直ったリサと二人でアレンは夕食を食べに行った。

酒場の店主に教えて貰った「子供用の食事」を出す店だ。


向かいにある公衆浴場から漂う石鹸の香りにリサは後ろ髪を引かれるような様子だったが、再び機嫌が悪くなるようなことはなかった。


次の日のことを随分と楽しみしている様子だ。それに石鹸の匂いをかき消すほどの香ばしい料理の匂いのおかげでもあった。


店主の紹介した店は平民向けの価格設定にも関わらず出てくる料理の質も量もかなり高い。


肉やスープはスパイスの効いた大人向けの味だったが、確かに子供用の甘口な味付けの料理も多かった。


普段は保存の効く干し肉や乾いたパン。しかも味付けは大抵塩だけという食事をしていたアレンにとっては随分と贅沢に感じる食事だった。


そしてそのアレンと旅を共にするリサに至っては食事の見た目と味に目を回していた。

とはいえ二人とも普段と違う内容の食事を十分に楽しんでいた。


満腹になり眠気が蘇った様子のリサを背負ってアレンは宿に戻る。

野営とは違い町の夜はやけににぎやかだった。決して「うるさい」と思わせるようなにぎやかさではなく、「こういうのも悪くない」とアレンはなんとなく思うのだった。

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