賑やかだった町の喧騒も夜が更ければ自然と静かになっていく。
いつもならばリサを先に寝かせて自分は周囲を見張りながら休息と取る程度に留めるアレンもこの日ばかりは少しばかり深い眠りについていた。
店主の用意してくれた寝具がやわらかく心地が良かったのと、デーモンハンターになってからの半年分の疲れが蓄積していたのもあるだろう。
それでも耳だけは周囲の情報と捉え続けていた。
酒屋の店主の寝所は一階の奥にあるらしく、そこからけたたましいいびきがアレンの耳に届いていたが眠りを妨げるほどではなかった。
目を覚ましたのは別の音のせいだ。
キィというかん高い木と木の擦れる音。扉が開く音だ。
昼間であれば特に気にするほどの物音ではないが夜更けの寝静まった時にこの音を捉えたアレンの耳はこれを「異音」と判断した。
床に臥せった状態で目だけを微かに開ける。耳は床につけたままだ。
音は一階からしたようだ。
店主の眠る部屋ではない。方向が違うし、店主のいびきもまだ聞こえている。
音がしたのは外につながる入り口の方からだった。
アレンの背後ですやすやと眠るリサの寝息が聞こえる。当然物音は彼女ではない。
耳を澄ますと何人かの足音を捉えた。
音を立てまいと慎重に動くその音はアレンの耳には余計に目立って聞こえる。
床を踏みしめる音の重さからアレンはそれを「三人組の男」だと断定した。
こんな夜更けに男が三人宿屋に何の用だろうか。
客だろうか、それならばこんなにこそこそする必要はない。
そもそも店主は眠る前に店に鍵をかけただろう。入って来たものはその鍵をどうにかして開けたことになる。
店の関係者か。いや、そうだとしてもこそこそする理由にはならない。
アレンの頭の中でぐるぐると思考が巡る。
三人組の足音は階段を上ってくる。酒場の店主は「今日泊まっている客はアレン達だけ」と言っていた。
三人組の狙いはアレン達の眠るこの部屋だ。
アレンはすぐ横に置いていた銀の剣に手を伸ばす。
部屋の扉がカチャカチャと音を立てる。鍵を開ける音だ。
そーっと扉が開き、三つの黒い影が部屋に入ってくる。
窓から差し込む月明かりが銀色の何かに反射する。ナイフだった。
三人組の一人、先頭にいた男が床の上の盛り上がった毛布にナイフを突き刺した。
「……?」
妙に手ごたえがないことに疑問を抱いたのかナイフを突き刺した男は首を傾げる。
毛布にそっと手をかけてそれをはがす。
「誰もいねぇぞ」
毛布の中身を確認して男は後ろの仲間たちに報告する。
その瞬間、男は自分の胸に鋭い痛みを覚えた。
衝撃で仲間もろとも廊下の壁に吹き飛ばされる。
扉の陰に隠れていたアレンが見事な回し蹴りを食らわせたのだ。
命を狙ってきた謎の刺客。本来ならば問答無用で剣で叩き切るのだが、男たちの動作が明らかに素人臭かったので殺す前に正体を確認することにしたのだ。
アレンは片手で器用にランタンに火を灯すと右手に持った剣を男たちに向けながら彼らの顔を晒した。
三人とも黒い布で顔を隠している。鼻から先しか見えないがその目には見覚えがあった。
ランタンに照らされた肌がほんのりと赤いような気がした。
吐く息にはアルコールの混ざった匂いがした。
「あなたたちは……酒場にいた」
酒を飲みながら恨めしそうにアレン達を見ていた酔っ払いの男たちだった。
良く思われていないとは思っていたが、まさか命を狙ってくるとは思いもしなかったとアレンは困惑する。
階段の下からどすどすと大きな足音が近づいて来る。その足音には聞き覚えがあった。体格のいい店主のものだろう。
騒ぎを聞きつけて様子を見に来たらしい。
「アレン……?」
後方の部屋の中からリサの声がする。こちらも目を覚ましたらしい。
「さて、二人にどう説明しようか」と考えてからアレンはハッとした。
「ダメだリサ! 毛布をかぶって……」
好奇心の強いリサは何事かと部屋から出てきてしまう。アレンは止めようとしたがもう遅い。
三人組の男の視線がリサに集まる。彼女の耳に。
「魔物だ……」
男たちの内の誰かが言った。
明らかに怯えた様子で。
「町の中に……魔物がいるぞ」
また誰かが言って、まるでそれを合図にしているかのように男たちは階段の方向に向かって逃げ出した。
「おわっ、なんだてめぇら」
ちょうど階段を上り終えた店主が飛び込むように向かってきた男たちに面食らう。男たちはそのまま店主の横をすり抜けるようにして階段を駆け下り、宿から出て行った。
状況の掴めない店主は困ったようにアレンを見た。そして「良くないことが起こった」とだけ察する。
アレンの表情が珍しく青くなっていた。