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第15話

「嬢ちゃん……」


心配して近づいて来た店主が部屋のドアに立ち尽くすリサに気付く。

自分のせいで他人に正体がバレたことでリサは少なからずショックを受けていた。


そして逃げ出す前のまるで化け物を見るかのような男たちの表情にはもっと大きなショックを。


店主の顔が目に入った時リサは身体を震わせながら、それでも咄嗟に自分の両耳を両手で隠した。

店主はそんな様子を気にした素振りも見せず、冷静に周囲の状況を観察する。


用意した寝具が乱れている。床の上に落ちたナイフ。逃げて行った男達。

これだけ情報がそろえば誰でも推測は容易だ。


店主は頭を抱えた。


「すまねぇ。俺の責任だ」


アレンとリサに謝罪する。

店の鍵はしっかりとかけていた。しかし、そこそこ栄えているとはいえ辺境にある故郷。

そこに住む人たちはもちろん行き交う商人達にも顔見知りが増えていく中で警戒心が薄れてしまっていた。


「まさかあいつらがこんな大それたことをするとは……」


店主は呟く。顔を隠していてもすれ違う一瞬で犯人が誰なのかはわかった。

三人とも知り合いの店の一人息子たちだ。


つるんで酒ばかり飲むろくでなしだが肝が小さく犯罪を犯すほどの、それも殺人を企てるほどの度胸はないと思っていた。


店主は店で起きたこの騒動をどう解決するべきか頭を悩ませていたが、アレンはそれよりも店主の反応の方が気になった。


リサはとっさに耳を隠したが、タイミング的には確実に目に入っていたはずだ。

なのにどうして……。


「驚かないんですか?」


気付けばそう質問していた。

店主は始め「何を言っているのかわからない」といった様子だったがアレンの視線がリサの耳に向いているのに気づき理解した。


「驚かねぇよ……そもそも一度見てる」


「そんなことはどうでもいい」と言わんばかりに店主は淡白に言った。


「あっ」


リサが声を漏らす。震えは治まってきたようだ。


思い出したのはアレンが浴場に行っている間に店主が寝具を持って来た時のことだった。

寝起きで寝ぼけていたために特に気にしていなかったが、あの時リサは耳を隠すことを忘れていた。


その時に店主にしっかりと見られている。


驚きつつ「やってしまいました」と口を押えるリサ。同様にアレンも驚いていた。耳を隠し忘れたリサにではない。


「どうしてっ……不信に思わなかったんですか?」


三人組の男達がそうだったように、リサの耳を見れば人間ではないと気づく。

半人半魔というアレン達側の事情などお構いなしに「魔物」だと断定するのは人間としては自然な反応だ。


それなのに店主はリサの耳を見たうえで特に騒ぎ立てることもなく、それまで通りに自然に接していた。


「あ? そんなの当たり前だろ。長く宿屋をしていれば訳アリの客なんて五万とやってくる。こちらに被害があるわけでもないのにいちいち騒いでられるかよ。お前さんたちが悪い奴にも見えなかったしな」


と店主は言った。

アレンは呆気に取られる。嘘を言っているようにも取り繕っているようにも見えない。

本当に「気にしていない」のである。


まさかそんな反応をする人がいるなんて思ってもみなかったのだ。


「そんなことよりも今は解決するべき問題があるだろう」


店主は深刻そうに言った。

ハッとしてアレンも切り替える。店主が騒ぎ立てる人でなかったのは良かったが襲ってきた三人組にはリサを魔物だと誤解されたままだ。


「あの三人は知り合いですか?」


アレンが尋ね、店主が頷く。


「仕入してる酒屋と、向かいの肉屋それからあまり繁盛してない飯屋の一人息子だ。ろくでもない連中だが口は回る方だぜ」


「夜中でもすぐに話は広まるだろう」店主の話を聞いてアレンはそう思った。


部屋に入りもともと多くない荷物をかき集める。それを見てリサも寝間着から着替え始めた。


「お、おい」


二人の迷いの少ない決断に少なからず店主は狼狽える。しかし止める間もなく


「これ以上迷惑はかけられません。出ていきます」


とアレンが言った。


「行く当てはあるのか?」


と店主が聞く。幼い少女を連れた若い男をなんの当てもなくこんな夜中に放り出すのははばかられた。


「あります……」


アレンが答える。もともと明日行く予定だった山の上の村だ。

今出れば夜明け前には着けるだろう。そこで少し身体を休めれば噂が村にたどり着く前に旅を再開できるという目論見だった。


アレンはその行き先を店主に伝えるべきか迷った彼が心配してくれているのはわかる。行先を伝えた方が安心して送り出せるのだろうが、これから逃げる身としてはそこまで彼を信用していいのかも疑問だった。


迷っているのは店主も同じだった。

代金を受け取った客をこんな形で送り出すのは彼の本意ではない。しかし、自分にできることが少ないのもよくわかっている。


行き場のない怒りを表すように店主は頭をかきむしる。


「ああ、ちくしょう。行き先は聞かねぇ。俺が知らねぇ方がお前らも安心できるだろう」


店主はそう言ってから荷物を持った二人と一階に下りる。そして食料棚からできるだけ日持ちしそうな食材を見繕って袋に詰め、半ば強引にアレンに手渡した。


「持っていけ。貰っちまった一泊分の代金の代わりだ」


店主はそう言ったがアレンの受け取った袋には明らかにそれよりも多い量が入っていた。


僅かに外が騒がしくなってきた。三人組の男が騒ぎ、寝ている町の人間を起こしたのだ。


店主は二人を店の裏口に連れて行く。

アレンが扉をそっと開け、外の様子を確認する。まだ、町民が店の周りに集まる事態にはなっていないようだ。


「すまねぇ。本当ならあいつらにやったことの責任を取らせてぇんだが……」


歯がゆく思った店主は申し訳なさそうに伝える。

しかしアレンは反対に礼を言った。


「ここまでしてもらって感謝しています。それに、デーモンスレイヤーを襲ったとなれば問答無用で重罪が課されますから。それは本意ではありません」


本心だった。

それからリサの手を取り喧騒とは反対の方向へ姿を消した。

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