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第16話

アレンには気になることがあった。

こうなってしまったことは残念に思うが、それ以上の感情はない。


リサを起こる気もなかった。安易に店主に姿をさらしていたことについては今後気を付けてほしいと思いはするが、それもそもそも彼女を一人で部屋に残した自分が悪いと言える。


三人組に姿を見られたのも不可抗力だ。あの状況では姿を隠す方が難しい。


気を付けるならば襲われる前。下手に相手の正体を探ろうとせずに迅速に捕らえるべきだったと反省している。


店主は店側の不備だと後悔していたが彼を責めるつもりはない。むしろ突発的な事象に対し迅速に対処してくれたと感謝している。


町を離れて少し経った。

もう既に山の中に入り、頂上の村を目指している。夜の闇の中だというのにリサも良くついてきている。彼女は鼻の他に夜目もよく聞くようだ。半魔の影響か同年代の人間の子供に比べて体力もある。


頂上までならさほど労せず歩ききるだろう。


追手の気配はない。

追われているのかもわからないほどに距離ができた。


アレンには冷静に考える余裕ができていた。


気になっているのは三人組の男たちのこと。自分たちを襲った「動機」である。

宿屋で最初に彼らを目にした時、その視線から確かに負の感情のようなものを感じ取った。だからこそ協力近づかないようにしていたわけだが、まさか「殺人」を決意するほど憎まれていたとは思わなかった。


三人組は明らかにアレンを狙っていた。突き刺したナイフは毛布が大きく膨らんだアレンの寝床の方だったし、突き飛ばされてからリサの耳を目にするまで彼女のことは気にも留めていない様子だった。


アレンはできる限り自分の記憶を遡ったが、彼らとの面識はないように思えた。

だとすればデーモンスレイヤーに対する漠然とした恨み。一体「殺意」を覚えるほどの出来事が彼らにあったのだろうか。


宿屋を出る前に店主が言っていたことを思い出す。


「あいつらの店はここんとこの魔物被害で随分と痛手を受けていたみたいだからなぁ……」


仕入れの酒や肉屋の肉は町の外から運ばれる。街道に出没する魔物のせいで荷運びがままならずずいぶんと苦労したらしい。


そこに高額の報酬を取るデーモンスレイヤーが現れれば印象が悪くなるのはわかる。しかし、殺そうとするほどだろうか。


仮にも直接的な原因の魔物を退治したのはそのデーモンスレイヤーなのだ。感謝はされずとも殺人を決行する動機になるとはアレンには思えなかった。


「誰かが裏で暗躍している」確証はないが、冷静になればなるほど不穏なその気配を考えずにはいられなかった。


「アレン……ごめんね」


足早に歩きながらリサが言った。

村はもうだいぶ近くなったはずだ。


リサは歩きながら今回の自分の失敗を鑑みて反省していた。


「耳のことはバレてはいけないよ。魔物だと思われてしまうから」


アレンは旅の途中ことあるごとにそう言っていた。リサもその言いつけを守って来た。

しかし、バレた後どうなるのかは深く考えたことはなかった。


廊下で腰を抜かした三人組の男。その目が黄色く光っていた。

「怖い」とは思わなかった。怖がっていたのはむしろ男たちの方だ。


まるで人ではない何かを見るような目。道具としてしか見ていない父親とも、まっすぐに自分を見てくれるアレンの目ともまるで違っていた。

酷く悲しい思いだった。


「謝ることはない」


アレンの言葉にリサは顔を上げた。

いつもの優しい目が彼女を見ていた。


「リサは何も悪いことをしていないだろう? おかしいのは周りの方さ。人間は外見で判断する。耳がどこについているかなんて些細なことを気にして、リサの内面を見ようともしない。悪いのは向こうの方さ」


怒っているのかやけに冷たい声だった。その怒りが自分に向いているわけではないことはリサにもわかった。


「店主さんは違ったね」


リサが言う。

アレンは虚を突かれたようにハッとした表情になった。

それからクスッと笑い


「そうだね」


と答える。


「あんな人がいるなんて僕も思っていなかった。人間が皆ああだったら僕たちも素性を隠す必要はなくなるのにね」


「そんなことはありえない」と頭の片隅ではわかっている。それでもそんな言葉がアレンの口から出たのは純粋なリサにあてられたからかもしれない。


気付けば二人は少し笑っていた。

こんな状況だと言うのに緊迫感はあまりない。


起きた悲劇を悲観することはせず、「優しい人に出会った」という感情だけを大事にしながら山の上の村を目指した。

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