アレンは少なからず狼狽えていた。
直に話して薄れていた警戒心。しかしガンシルが二人の素性を知っているとなれば話は変わってくる。
彼はヨルムの名前を知っていたが、話した内容すべてが真実とは限らない。自ら明かし、知っていて尚村に入れてくれたことを踏まえると信用してもいい気がしたがつい先ほど人間に正体がバレて町を逃げ出すことになった真実がアレンを慎重にさせていた。
「アレーン」
アレンが警戒し、二人の会話が止まったところに浴場からリサが出て来た。久しぶりに入った風呂が随分と売れしくてテンションの上がっていたリサは駆け寄った勢いそのままにアレンの腰に飛びついた。
風呂上りにもかかわらずアレンが渡した洗ってあるフード付きの寝間着に着替えて、しっかりと耳を隠している。
アレンの服に顔をうずめた後、何か引っかかったのかリサが空気に鼻を触れさせてひくひくと動かす。
「なんだか懐かしい匂いがする」
リサはそう言って匂いの元を辿り、それがガンシルからだと断定した。
判明したものの人見知りはまだ続いているらしくアレンの後ろに隠れるようにしてガンシルを覗き見た。
その様子を見てアレンは不思議に思う。「酒場の店主さんにはすぐに慣れていたのにな」と。
「おお、そうじゃった。ヨルムから預かり物があるんじゃ」
ガンシルはそう言って懐に手を伸ばし、それから紫色の花を象ったガラス飾りを取り出す。
「それは?」
アレンが尋ねる。「はて?」と困った顔をしたのはガンシルの方だった。
「『これを見せれば弟子にはわかる』と手紙には書いてあったんじゃが。お前さんは『きっと言葉だけでは信用しないから』と」
ガンシル曰く、手紙には「何かあれば自分の弟子を手助けしてあげてほしい」という旨とともにそのガラス飾りが入っていたらしい。
「……すいません。正直なところ見覚えがないです」
アレンは飾りをじっと観察してから答えた。記憶を遡ってもそのガラス飾りをヨルムが所持していたと思える確証は出てこない。
紫の花についても考えてみたが、そもそも何の花を象った物なのかすらわからなかった。
ただ、「自分の知り合いだとわからせるために送り付けた証拠の品がアレンにとってなんの思い入れもない物である」といういい加減さはまさしくヨルムらしい行動だと思えた。
「いい匂い。ヨルムの匂いだ」
顔を覗かせてガンシルの手のひらにある飾りの匂いをかいだリサが嬉しそうに言った。
アレンは「そうか」と閃いて、ガンシルから飾りを受け取り、それをリサの前に差し出す。
「リサ、もう一度よく嗅いでみて。本当に師匠の物で間違いない?」
アレンがそう尋ねるとリサは真剣にもう一度匂いを嗅いだ後に「間違いない」と頷いた。
リサは鼻が良く効く。それは恐らくアレンの耳の良さと同じ半魔の性質から来るものだろうが、その正確性が極めて高いことをここまでの旅路でアレンは知っていた。
少なくともいい加減な師匠よりはよっぽど信頼できると思ったのだ。
「どうやら師匠の物で間違いないらしいです」
アレンがそう言いながらガラス飾りを返すとガンシルはホッとした様子で受け取った。
それから
「あいつめ、いい加減なものを寄こしおって」
と小さく舌打ちをする。先ほどの話からアレンはガンシルがヨルムの古い知り合いなのだと認識している。ガンシルの苦々しい表情を見て「ああ、きっとこの人も師匠に良く振り回されていたんだな」となんとなく察してしまった。
二人は借りている空き家に戻る。事情を聴くためにガンシルも後をついて来る。
「リサ、フードを取っていいよ」
家の中に入り、アレンがそう言うとリサは心配そうにアレンとガンシルの顔を交互に見た。
それでもアレンが力強く頷くので、リサは意を決してフードを取る。
「ほぉ、こりゃめんこい。狐のような可愛らしい耳じゃあ」
ガンシルはそう言ってリサの頭を力強く撫でる。
始めはビクッとして怯えたリサだが、その手が力強くもどこか優しく、心地のいいものだったので安心して目を閉じ、そのうちすやすやと眠ってしまった。
眠ってしまったリサを膝の上に乗せ、ガンシルは優しい表情で頭を撫でる。
「さっきまであんなに人見知りしていたのにな」と思ったが、リサが懐いている様子がなんとも微笑ましかった。