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第19話

「そうか。町で人に耳を見られたか」


ガンシルは囲炉裏の火を調節しながらアレンの話に相槌を打つ。

すっかり眠り込んでしまったリサを布団に寝かせ、二人は囲炉裏を囲んでいた。


今宵は雪こそ降っていないが、冬特有の厳しい寒さがある。囲炉裏の火が家の中を包み込んでくれているおかげでリサも寒い思いをしないで眠っていられた。


アレンはガンシルにリントリールで起こったことのすべてを話した。


「気になっているのはその三人組が『どうして襲ってきたのか』です。そこまで恨まれるような覚えはないのですが」


アレンがそう言うとガンシルは「ふーむ」と唸った。囲炉裏の灰が弾けぱちりと音が鳴る。


「さぁな。酔いに飲まれたか、あるいは誰かに唆されたか。わしにはわからん。それよりもこれからどうするつもりじゃ」


ガンシルはアレンに「気に済むまで村に居ればいい」と提案した。


「いえ、僕たちはもともとデーモンスレイヤーの旅を続けていました。同じところに留まる理由はありません」


アレンはそう言って断る。しかしガンシルはその答えに納得しなかった。


「町の人間に何の弁明もせず姿を消すのか」


ガンシルのその言葉にアレンは顔を上げる。自分の中にあったもやもやを見抜かれた気がした。


「どうしろ……と?」


恐る恐るアレンが尋ねる。

心の中にひっかかる何かの答えを求めてアレンはガンシルに縋った。


「説得するのじゃ。自分たちの正体を明かし、事情を説明するのじゃ」


ガンシルの目は真剣だった。


「できるわけがない。すでに町の人たちは僕たちを魔物だと誤解しているはずだ。姿をさらしたら攻撃される。リサにそんな危険な思いはさせたくない」


アレンの答えにガンシルはため息を吐いた。落胆したのではなく、嘆いたのだ。


「恐れているんじゃろう。あの子が……リサが昔のお前さんのようになるのを」


その言葉にアレンはドキリとする。ヨルムがそこまで自分のことをガンシルに話していたことも驚いたが、何よりも心の中の覗いているのではと思えるほどのガンシルの観察眼に驚愕した。


昔のアレン。それはアレン自信も思い出したくない頃の話だ。師匠ヨルムと出会う前の記憶。魔物も人間も世界のすべてを「敵」と認識していた頃の話。


魔物の父親に見捨てられ、奇跡的に生き延びたアレンは人里に下りた。

救いを求めたのだ。自分と……母と同じ人間ならばきっと助けてくれると。


みすぼらしい恰好をしたアレンを拾い、育てようとしてくれる人間はいた。

小さな村の商人夫婦だ。

子供のいなかったその夫婦は雨の日に力尽きて道端に倒れていたアレンを拾い、解放した。


その優しさに無条件でアレンは商人夫婦を信用した。


「いったい何があった」


と尋ねる主人にアレンはすべてを話した。自分が魔物の子で父に裏切られたことも含めて。


生まれてからずっと魔物に囲まれて暮らし、知っている人間と言えば母親だけだったアレンはよく理解していなかったのだ。人間にとって「魔物」がどういった存在なのかを。


商人夫婦の耳にはアレンの話などほとんど聞こえていなかっただろう。「魔物の子」という言葉をアレンが口にした時点で彼らの思考回路は止まっていた。


アレンは商人夫婦の取り乱した声を聞いた。熱に侵された状態で二人の顔を見る。

酷く怯えた顔だった。化け物を見る目。

その目はよく似ている。魔物に食われながら最後に見た母の目とそっくりだった。


商人夫婦はすぐに人を呼んだ。

村にはデーモンスレイヤーはいなかったが、すぐに村中の男たちが集まって来た。


皆聞き取りづらい罵声をアレンに浴びせ、手には鍬や鉈を持ち、家を取り囲むようにして喚いていた。


ギリギリの力を振り絞って立ち上がったアレンに村人の投げる石がいくつも当たる。


「やめて……痛いよ……助けて」


アレンの悲痛な叫びは無視された。体力も限界で薄れゆく意識の中に見たのは憎悪に満ちた人間の顔。

アレンの目には母親の死の間際に見た魔物たちの顔と同じくらいおぞましい物に見えた。


気を失ったために、どうして自分がその場で助かったのか覚えていない。

次に目を覚ました時は暗い森の中でまた独りになっていた。


そして知った。「人間も味方ではない」と。


そこからアレンの送った人生はより凄まじいものなっていく。正体をひた隠しにし、誰のことも信用しない。

魔物を憎み、人間を憎んだ。

騙される前に騙す。襲われる前に襲う。


人間らしい生活を送った記憶はない。血みどろで、泥水を啜る生活に終止符を打ったのがヨルムだった。


ヨルムとの出会いがアレンを人間にした。


ガンシルの言ったことは当たっていた。今のリサはあまりにも純粋すぎる。そのリサにアレンは人間が持つ残酷で臆病な部分を見せたくなかったのだ。


自分と同じように「人を憎む」ようになってほしくなかったのだ。

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