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第20話

「気持ちがわかる……とは口が裂けても言えんな。お前さんとは立場も歩んできた道も違う。そんな表面上の薄っぺらい言葉を投げかける気にはなれん」


ガンシルが言った。

アレンのことはヨルムからの手紙でしか知らない。手紙は一通ではなく、ヨルムがアレンと出会ってからことあるごとに拾った弟子の近況が届けられてきた。


文字から伝わるヨルムの愛情は確かなものであったし、手紙を通してガンシルはアレンの成長を見守って来たのだった。

しかし、実際に彼の苦悩を目の当たりにしたわけではない。


魔物を憎み、人を憎んで、一度は世界までも憎んだ少年がどのように立ち直り、どう感じて来たか。

ガンシルはそれを想像することしかできない。


ガンシルの目にアレンは怯えているように見えた。そして、迷っているようにも。


ガンシルが感じた通り、アレンの中では「リサを人と関わらせたくない」「リサが人を憎むようになるのは嫌だ」という思いと「このまま彼女に永遠と正体を隠し続ける人生を歩ませるのか」という思いが葛藤していた。


「お前さんが旅をしてきた中で、『信用に足る』と思える人間は一人もいなかったのか? もしそうなら、お前さんとあの子はこれから先辛い道を歩むしかないじゃろう。しかし、そうではないはずじゃ。きっと、お前さんたちに優しくしてくれた者がおるはずじゃ。そういう者が一人でもいたなら今の状況は変えられるはずじゃ」


ガンシルの言葉はアレンの中にすっと入って来た。

言っている言葉の意味もよくわかる。


「少し飲み過ぎた。わしが口を出す話ではなかったかもな。……もう夜も遅い。後はゆっくり休むといい」


ガンシルはそう言って家を出ていく。

残されたアレンは囲炉裏の火をじっと見つめていた。


アレンの脳内に今までの旅の記憶が蘇る。

優しくしてくれた人間……。最初に頭に浮かんだのはヨルムだった。半人半魔の自分を拾い、育て鍛えてくれた。師匠がいなければ今の自分はないと言い切れる。


次に思い浮かんだのはヨナ婆だ。自分も、リサも、半魔と知って尚優しくしてくれた。


しかし、他に誰がいる。

旅で出会ったのは魔物に怯え、デーモンスレイヤーとしての自分を頼って来た者ばかりだ。


依頼を終わらせたとたん助けを求めたことなど忘れたように高すぎる依頼料に難色を示した人間も多かった。

彼らのことを憎いとはもう思っていない。もう何も感じはしない。それはアレンが人に「期待」するのをやめたからだ。


期待していない人間を信頼することはできない。信頼できない人間に正体は明かせない。


「本当にそうだったか?」とアレンは自問する。「信頼できない人ばかりだったのか?」それとも「信頼するきがなかっただけか」。


答えはもう出ていた。



翌朝。日が完全に登りきる前にアレンは目を覚ました。眠りについてそう時間も経っていなかったが不思議と頭は冴えている。

疲れも感じない。


隣でまだぐっすりと眠っているリサを起こさないようにアレンはそっと家の扉を開けた。


冷たい空気が肺の中に入っていく。寒いがすがすがしい朝だ。


ふと足元を見ると石の重しをした書置きがある。

拾い上げて内容を読み、それからアレンはフッと笑った。


「何でもお見通しか。すごい人だ」


書置きはガンシルの物だった。


「リサは預かる。ヨルムとの友情にかけて守り抜く故何も心配するな」と。


アレンは村を出た。

行き先は決まっている。


始めは歩きだった足取りがだんだんと早くなり、そのうち駆け足になった。

不安はまだ残っている。「どうなるかはわからない」という不安だ。


その不安を振り払うようにアレンは走った。


たどり着いたのはリントリールの町だった。

森の中のリントリールを上から見下ろせる位置に身を潜め様子を伺う。


町の門に数人の衛兵がいる。町を守る警備隊だろう。昨日来た時よりも警備が厳重になっているのは夜中の「魔物騒ぎ」のせいだろう。


しかし、思っていたほどの混乱ではないようだった。

警備兵が増えたと言っても数人程度、門を出入りする町民や商人たちは普段通りに見えた。


アレンは森を抜け、町の外壁まで誰にも見られないようにたどり着くと鞄からロープとかぎ爪を取り出して外壁に引っ掛け、よじ登った。


こういう時、「どんな状況でも対処できるように」というヨルムの言葉を思い出す。


町に入るとアレンはフードを深く被る。

あまり人と関わらないようにするのが今までのアレンの行動方針だった。


そのおかげで一度町に入ってしまえば正体がバレる可能性も少ない。

中央通りを抜け、それから目的の店にたどり着く。


昨日の騒動のせいか、もうすっかり日は上っているというのに「閉店」の看板を掲げた店の戸をアレンはノックした。


「悪いな……今日は店は開けてねぇ……」


中から出て来た男は言葉の途中で目を見開いた。そこにいるはずのない人物、アレンがいたからである。


「兄さん……こんなとこで何して……。いや、それよりも早く入れ」


店の前で話をするのは良くないと思った男……酒場の店主はアレンを店の中に招き入れるのだった。


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