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第21話

「それで、お前さんいったいどうして戻って来たんだ。昨日から状況が大して変わっていないってことくらいわかっていただろう」


酒場の店主は少し呆れたように言った。

その言葉の裏でアレンが無事な姿を見せたことに驚きつつもホッとしていた。



昨夜、闇の中にアレンとリサが消えてから店主の店を町の人間たちが囲んでいた。

先頭に立っていたのはアレンを襲った三人組。皆一様に怯えた表情をしていたのは店主の目から見ても印象的だった。


「あ、あいつらを出せ! 匿ったら容赦しないぞ」


震える声で言ったのは肉屋の息子。アレンの寝床にナイフを突き立てた張本人だった。


その言動に怒りを覚えつつ、店主は冷静に答えた。


「出せって言われてもな。あのお客さんたちなら出て行っちまったよ。『こんな犯罪まがいなことをされたら安心して眠れない』って苦情を入れてな。おかげで商売あがったりだ……。お前らいったい何のつもりだ? 営業妨害か?」


店主は先頭にいた三人組を睨んだ。三人の男たちは店主の圧にたじろぐ。目を合わせようとせず、バツが悪そうに視線を泳がせた。


それでも、このまま引き下がるつもりはなかったらしい。


「あいつ……あいつらは魔物だったじゃないか! 魔物を泊まらせていたあんたが悪い!」


酒を仕入れている業者の息子が叫ぶ。その言葉に周囲の人々もざわついた。

「魔物」という言葉に反応したのだ。アレンたちの目の前から逃げ出した三人組は大きな声で騒いで回った。


「魔物だ!」

「魔物が出たぞ」


その言葉に町の人間たちは飛び起きる。そんな質の悪いいたずらをする者はこの町にはいない。

人々は戦慄した女性や子供は家の中に隠れ、男たちは武器を持って酒場に向かった。


全員が全員三人組の言葉を鵜呑みにしたわけではない。半信半疑の者がほとんどだっただろう。

全員の意識が酒場の主人の次の言葉に集中する。


認めるか。否定するか。


「魔物? 何言ってんだ。俺には普通の人間に見えたぞ。さてはお前ら、酔っぱらって厳格でも見たな。ったく、それでこの騒ぎかよ」


店主は面倒くさそうにそう言った。

その言葉に周囲の何人かの人間たちが「ほぅ」と息を吐く。


普段飲んだくれているバカ息子たちよりも酒場の店主の言葉の方が信憑性があると判断した人が多かったのだろう。


「ふ、ふざけんなっ!」


声を荒げたのは飯屋の息子だった。

その横の二人も「見間違いじゃねぇ」「確かに魔物だった」と反論する。


その言葉が民衆の動揺を煽る。一体どちらを信じればいいのか決めかねている人もいる。


「本当に、魔物ではなかったんだな」


そう言って話に入って来たのはトーマス・ランドという男だった。

黒い紳士服に身を包んだ初老の男性だ。


この町で唯一の貴族でもある。


ランド家は代々リントリールとその周辺を領地とする貴族家で言ってみればこの町の町長のような存在だった。


「ランドさん……。さぁね。いつものことですよ。客の細かい事情まで店側は追及しない。俺の目にはあのお客さんたちはまともに見えた。それだけです」


大物の登場に店主は少なからず動揺した。

まさか真夜中のこんな騒ぎに領主が出てくるとは思っていなかったのだ。

しかし、それでも店主は上手く言い訳ができたと思った。


リントリールのような辺境の町で重要視されるのは「町の外から来た人間がどれだけお金を落としてくれるのか」である。


その観点から店側は客の事情に深く首を突っ込まないというのが暗黙の了解になっている。

そして酒場の店主から見たこのトーマスという貴族はそういった「平民側の事情」に配慮してくれる男だった。


「一つはっきりしているのはそいつらがうちの客を襲ったってことだけです。それもデー……」


「なんでもねぇ!」


ここが好機とばかりに店主は言葉を続けた。そして思惑通り店主の言葉を遮るように肉屋の息子が声をかぶせる。


三人組の男たちは皆先ほどとは打って変わって青い顔をしていた。

時間が経って冷静になったのだろう。「デーモンスレイヤーを襲ってしまった」という事実に怯えている。


真夜中にたたき起こされて「魔物」の存在を突き付けられた町の人たちは特に深く考えることもなく酒場に集まった。

しかし時間が経てば誰かが気が付く。「どうしてあの三人は真夜中の酒場にいたのだろうか」と。


そしてこの話がより詳細に調べられたら「三人の男がデーモンスレイヤーを殺そうとした」という事実まで明るみに出てしまう。


「さぁさぁ、皆さん御覧の通りだ。夜も深いし今日はもう帰ってくれ」


店主が集まった人たちにそう伝えると皆文句を言いながらも引き上げていった。

三人組は恨めしそうに店主を見ていたがそれぞれ親に頭をはたかれて引きずられていく。


残ったのはトーマス一人だった。


「本当に何の問題もないんだな」


確認するようにトーマスが言う。店主はぎこちない笑顔で答える。


「何の問題もありませんとも」



「これがお前さんたちが出て行ったあとの成り行きさ。だが朝になったら町の門に警備が増えていた。ランドさんの指示だろうな」


店主の話をアレンは俯いて聞いていた。

まさか、そこまでこの店に迷惑がかかっていると思っていなかった。


いや、想像はしていたが実際に聞いて改めて重く受け止めたのだ。

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