アレンは店主に自分たちの素性を明かすことにした。
ガンシルの言葉を受けてアレンの頭の中に浮かんだヨルムやヨナ婆の顔。
他にも旅をして出会った何人かの人間の顔が浮かんだが、最後に浮かんだのが酒場の店主の顔だった。
正体を明かすのは怖い。
どんな目をされるか。優しかった態度が一変するのが怖い。
しかし「このままリサにずっと隠れ続ける生活を送らせるのは嫌だ」とアレンは思った。「自分のことを正直に明かしても受け入れてくれる人がいるんだよ」と伝えたかった。
「半分人で……半分魔物……」
アレンの告白を聞いて店主は驚いていた。
リサの耳を見てから彼らが何か普通とは違う存在なのだろうと思っていたが、予想を超えていた。
頭の上に耳があるリサだけかと思ったが、目の前にいる人間にしか見えない少年までそうだと言う。
「いや……その、なんだ。大変……だったな」
店主は何と言っていいのかわからず言葉を探した。
「え……」
アレンが戸惑いの声を上げる。店主は明らかに困っていたが、それでも表面上でもねぎらいの言葉をかけた。
まさかそんな風に言われるとはアレンも思っていなかったのだ。
「怖く……ないですか?」
アレンが恐る恐る尋ねると今度は店主が呆気に取られた表情になる。
それから小さくため息をついた。
「あのな……そんな顔して打ち明けた奴をどうして怖がる必要がある」
店主の目にはアレンがとても心細そうに見えた。藁にもすがる思いでここを訪ねていたのがわかる。
「怖い」という思いより「心配」の方が勝つ。
「そういや、俺はまだお前さんたちに名前を言ってなかったよな」
店主はそう言って自己紹介をした。彼の名前は「ダン」だ。
ダンは名前を言った後にアレンに右手を差し出した。戸惑いつつもアレンはその手を握る。
「アレンです」
アレンがそう言うとダンは二ッと笑った。
「よろしくな、アレン」
その言葉と共に握る手に熱がこもる。力強く、硬い握手だった。
♢
「なるほどな。つまり、あの嬢ちゃんに後ろ暗い生活をさせたくないっていうのがアレンの目標か」
ダンはそう言って煙草を吹かす。
酒場の窓や扉は締め切ったままだが厨房の天井にある喚起窓が唯一煙草の煙の逃げ道となっている。
「目標……ですかね。ただリサにはもっと穏やかな生活をしてほしいんです」
ダンの入れてくれた温かいお茶を飲みながらアレンが答える。
二人が今話しているのは「なぜアレンがこの酒場に戻って来たのか」だ。
その理由をアレンは「人間に自分たちの存在を受け入れてもらうため」だと説明した。
ダンはアレンの素性や外見、身体に流れている「血」ではなくその優しい性格や内面を見て「こいつはいい奴だ」と判断したが、他の人全員が同じ様な反応をするとは思っていない。
「こういうのはタイミングと……あとは関係値だな」
吐き出す煙をわっか状にして遊びながらダンが言った。
「関係値?」
「ああ、例えば今すぐにお前が表へ出て自分の素性を大声で明かしたらどうなると思う?」
アレンが聞き返した言葉にダンは質問で返す。アレンは少し考えて
「大パニックになると思います。昨夜、この店を人が囲んだ時よりも大きな」
と答える。
ダンは頷いた。
「まぁ、最初は『何言ってんだこいつ』みたいな目で見られると思うが、お前のことを少なからず知る奴、昨日お前を襲った三バカなんかがきっかけで信憑性が増せば騒ぎになるのは間違いないだろう」
「魔物」というのはそれくらい人にと取って畏怖の対象なのだ。
半分人間であっても半分魔物というだけで人がアレンを見る目は残酷なほどに変わる。それはアレンもよく知っている。
「ただな、それはアレンのことを皆が良く知らないからだ。お前と知り合い、お前がそんなやつかわかれば恐れは緩和される」
ダンはそう言った。それから少し気まずそうに、申し訳なさそうにしてから謝罪する。
「すまん、実際俺ももしお前がいきなり乗り込んできて『半分魔物だ』なんて言ったら怖くて逃げちまっていただろうな。そうならなかったのは正体を知る前にお前と話していたからだ」
その言葉の意味をアレンはなんとなく理解した。
今まで、アレンは人となるべく関わらないようにしてきた。それは自分の正体がバレる可能性を少しでも減らすためだったが今はそれが良くなかったと反省する。
もっと人と関わって自分を知ってもらう努力をするべきだったのかもしれない。
そうすれば自分の正体がバレた時、受け入れてくれる人間は少なからずいたのかもしれないと思ったのだった。