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第24話

扉の鍵を開ける前に、壊される形で扉は開いた。

ダンは「町の人間がアレンの存在を勘付き、強引に入って来た」のかと思った。


それにしても強引すぎる。


「何しやがる!」


と声を荒げてから入って来たのが男一人だと気が付いた。


「お前……」


入って来たのは肉屋の息子である。アレンの寝床にナイフを突き刺したあの男だ。

肉屋の息子は息を切らし、切羽詰まったように顔を上げた。


「た、助けてくれ……おかあが……皆が」


その顔には疲労と絶望、恐怖という様々な感情が浮かんでいる。


「おい、それは血か?」


ダンが肉屋の息子の両手に着いた液体を見て言う。赤黒いそれは確かに血だった。





アレンがダンの店を訪れるよりも少し前、アレンを襲った三人組の男は凝りもせずに町の商人連中をひとところに集め昨夜の出来事を訴えようとしていた。


場所はトーマス・ランドの屋敷内部である。


「ジーカ! お前はまたこんなことをして! 皆の時間を奪うんじゃないよ。このろくでなしが」


会議で町の主要な人間が集まった場で上座に座り主役のような顔をして息巻く自分の息子を叱ったのは肉屋の女主人である。

数年前に夫を亡くしてから一人息子と夫の残した小さな店をたった一人で守って来た。

町の人間からの信頼も厚く、酒場の店主ダンとの仲もいい。


そんな彼女が唯一手に負えないのが一人息子ジーカだった。


毎日のように仲間と遊び歩き、酒を飲んでだらだらと過ごしている。店を手伝えと言っても言うことを聞かない。


その癖、昨晩の「魔物騒ぎ」で赤っ恥をかいた。怒り心頭だった。


「お、おかあ……今度はちゃんと証明するから……」


怯えながらジーカは母親をなだめる。そして隣に座っている酒屋と飯屋の息子、ネスとリーに目配せをする。


二人は頷き、それから部屋の奥にある扉をノックした。

その扉はトーマスの書斎に繋がっている。


扉が開きまず出てきたのはトーマス。それまでこの会議を「三バカの妄言の延長」と思っていた町の商人たちは領主トーマスが姿を見せたことで急に真面目なっ顔つきになる。


町民から慕われているトーマスが自ら姿を現したのは今回の事態を「重く受け止めている」ということの証明になる。


その場にいた誰もが「いたずらじゃないのか」と信じるきっかけになったのだ。


「えー、皆さん。今日は集まっていただきありがとう。昨夜の話だが、彼らに詳細に事情を聴きある程度の確証を得たので皆さんにも来てもらった」


トーマスはそう言って頭を下げた。貴族である彼が平民の商人たちに頭を下げる必要はなかったが、トーマスとはそういう男だった。


貴族、平民関係なく人と関わるからこそ町の人間からも信頼されている。

そのトーマスが「確証がある」といえば疑う人間はこの町にはいない。


ジーカとネス、リーの三人が得意げに頷いている。昨夜は「アレンを襲った」ことを隠すため話を詮索されるのを嫌がった彼らだが今はもう事情が違う。


この件が上手くいけば町から何らかの報酬が出るのは間違いない。そうすれば店は安泰だし親も喜んでくれるだろうと自身に満ち溢れていた。


「皆さんにも話を信じてもらうためにこの方を紹介しましょう」


トーマスはそう言ってまだ書斎に残っていたもう一人の男を呼んだ。


まず人々の目を引いたのはその男の高い身長だった。

大人一人が楽に通れるはずの扉をやけに窮屈そうに身をかがめて入ってくる。


次に目を惹くのは細い腕や足、それから青白い肌だろうか。

見るからに病弱そうな男が咳をしながらトーマスの横に立つ。


その身長差は歴然で、現れた男は屋敷の天井に頭が付きそうなほどだった。


その男が貴族らしい帽子を取って頭を下げる。深い青色の髪がだらりと顔の前に落ちる。


「私、デーモンスレイヤー教会から参りましたシャンメと申します」


「デーモンスレイヤー教会」という言葉に集まった人々はざわついた。そのざわつきを抑えるようにトーマスが咳をする。


「昨夜ダンの酒場にいた客についてこのシャンメ殿から有益な情報をいただいた」


ダンの酒場にいた二人組は「人に化ける力」を持った魔物でデーモンスレイヤーが密かに追い続けていた対象だとトーマスは説明した。


「私は見ての通り人目を惹きますから潜入には向きません。そこでこの町で知り合った勇敢な彼らに調査を手伝ってもらったのです」


シャンメがトーマスの言葉にそう付け加えるとここぞとばかりにジーカたちが身を乗り出して拳を突き上げた。


「そうさ、俺たちはシャンメ様の命令で『魔物疑い』のあるあの客を調べていたんだ」


その言葉に集まった人たちから「おお……」という声が漏れる。三人の勇敢さに感心したのだ。


嘘である。

アレンを襲った時に三人はその素性を知らなかったし、もしも知っていればリサの耳を見て逃げ出すこともなかった。


これは三人が「自分たちの行い」を隠し、正当性を訴えるための嘘に過ぎない。


ただ、アレンたちを襲う前にシャンメと会っていたことは本当である。


酒場でアレンに悪態をついた後、酔っぱらった千鳥足で町を歩いていたところを路地裏にいたシャンメに呼び止められた。


そこで少し話をするうちにアレンに対する憎しみが倍増し、襲ってしまった。

それは明らかに不審な流れであったが、三人がその違和感に気付くことはなかった。


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