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第2話

 案の定、パンが焼けるとそれを平らな白い皿に載せ、バターとリンゴジャムを持ってきてくれた。自分用のパンもちゃっかりと焼いてある。そしてコーヒーも自分の分を持参のカップに移し、「いただきます」と言って口をつけた。

「先生、今日はお出掛けしますか」

「いや、なんというか、今日は家でくつろぎたい気分なんだよ」

「じゃあ、お邪魔にならないように掃除しますね」

「よろしくお願いします」

「ほんと、先生って紳士ですね」

 人のいい真知子さんは、旨そうに食パンを味わって、キッチンに向かった。まずはそこから掃除を始めるのがいつものことだった。

 私は今日の天気を確認したくて掃き出し窓を開けて外に出る。置きっぱなしのブルーのサンダルはひんやりと冷たかったが、かえって頭がくっきりとした。

 庭は狭いが、美奈江がいた頃の風景を残したくて、それなりにきちんと手入れをしてある。私は不器用でどうもこういうことに向いていないので、いつも植木屋に頼り切りにはなっていたが。

 深呼吸をするとぶるっと震えた。寒さに体が驚いたのだろう。季節がら殺風景な庭だが、ふっと甘酸っぱいような匂いがした。

「あれ、もう梅が咲くんですね」

 背後から真知子さんの声がした。

「この白梅は早咲きなんですよ。梅も種類によって咲く時期が変わる。紅梅はもっと春が近づいた頃から」

「香りはします?」

「真知子さんのところまではまだ匂わないでしょうね。一分咲き、とでもいうのかな」

 紅い梅はまた違う香りがするのだが。

 生垣の向こうに自転車を漕ぐ音が聞こえた。うちの門の辺りで止まる気配があったので、私はそちらのほうに向かう。

「ああ、いいですよ。直接いただきますから」

 郵便だった。白い定型の封書を受け取り「ごくろうさん」と声をかけた。

『松峰一雄先生』

 文字に覚えがあった。裏を見るとやはり元教え子の古川靖樹からだった。彼は近頃の学生では珍しく、レポートを手書きで書く学生だったので、その筆圧の高い特徴的な字体ですぐに分かった。

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