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第49話:カートル国の孤児院

「君たち、特にセイル君はプルミエの勇者として顔が知られ過ぎてるから、そのままの姿では潜入には向かないだろう」

 出発前、瀬田はそう言って星琉と奏真に新作の魔道具を使った。

 見た目の年齢を変化させ、髪や瞳や肌の色も変化させるそれは、演劇用に開発していた物。

 人が中に入って使う大型の機械で、まだ完成したばかりで市場に出してはいなかった。

「変身の魔法もあるが、それだと魔法の痕跡で敵の魔道士に察知されそうだから、こちらの方がいいと思う」

 そして魔道具を使う事になった2人。

 5~6歳の子供の姿になり、黒髪黒目では日本人だとバレてしまうので色を変え、それに合わせて顔立ちも少し変えた。

 その結果、元々容姿が良い星琉は微笑み1つで相手を魅了する美少年に仕上がってしまった。

 奏真はちょっと目付きの悪いフツメンから、ちょっと吊り目の割とイケてる少年に仕上がった。

「変化したのは見た目だけでステータスや魔法はそのままだから、うっかりチートしないように気を付けてくれよ」

 瀬田はそう言って2人を送り出した。

 実際やらかしそうな予感がしつつ………。



 初日の夜、お風呂を済ませて寝る前の交流タイム。

「イル君、お腹空いてない? あたしのオヤツ分けてあげようか」

「さ、さっき食べたばっかりだよ」

「怖い夢を見たりしない?一緒に寝てあげようか」

「レンが一緒にいるから大丈夫だよ」

 孤児院の子供たちの共有スペースで、イルこと星琉は女子たちに構われまくっていた。

 どうやら女子の母性本能をくすぐる見た目らしく、世話を焼きたがる子ばっかりだ。


「…どうしてこうなった…?」

 就寝時刻になり、部屋に戻ったイル(星琉)は精神的に疲れてベッドに突っ伏した。

 彼は世話焼きタイプだが、世話を焼かれるのには慣れていない。

「お前さ、学園では女子に囲まれてないのか?」

 レン(奏真)が少し呆れ顔で聞く。

「ん~、学園ではイリアの護衛してるの皆知ってるから。囲まれたりは無かったな」

「それはアレだ、イリアちゃんが防波堤になってたんだな」

「防波堤?」

 何の事?とイルが顔を上げて振り向く。

「お前、まだ公式ではないけど婚約してんだろ?」

「うん」

「仮とはいえ婚約してたら女子は遠慮して寄ってこねぇよ」

「…そっか」

 そこまで話した時、コンコンとドアをノックする音がする。

 2人はハッとしてそちらを見た。

 入居してすぐ魔道具で会話が外に聞こえないようにしてあるが、一応警戒する。

 とりあえず誰が来たか確認する為、レンがドアを開けてみた。

「えっと、マーサだっけ? どうした?」

 そこにいた人物に聞いてみる。

 ドアの向こうにいたのは、4~5歳くらいの女の子マーサだ。

「あのね、イルとレン、来たばっかりでしょ? ママがいなくて寂しいかなってコレ持ってきたの」

 マーサはぬいぐるみを2つ持って部屋の中に入り、イルにウサギ、レンにクマを差し出した。

「ありがとう。でもコレ、マーサの大事な物だよね?」

 渡されたウサギをヨシヨシと撫でた後、イルはマーサの手にそれを返す。

「これは返すよ。マーサの優しい気持ちは受け取ったから、俺は大丈夫」

 ニッコリ微笑むと、小さい女の子はポッと頬を赤くした。

(…こいつの魅了、年齢問わずかよ)

 レンは背後で呆れる。

 その後、彼もぬいぐるみを返した。

「ありがとな。でも本当に寂しいのはマーサだろ? 辛い時は頼ってくれていいぞ?」

 マーサの頭を撫でてレンは言う。

 すると、幼い女の子はポロッと涙を零した。

「うん。…あのね、おかあさんいなくなっちゃったの…」

 そのまま本格的に泣き出してしまうマーサ。

「そっか…悲しくて、寂しいね…でも、マーサは独りじゃないよ」

 イルが歩み寄り、泣いている子を抱き寄せて穏やかな声で言う。

「泣きたい時は泣いていい。でも独りで泣かないで。こうして誰かに縋っていいからね」

 優しく包むように抱いて、ゆっくりと背中を撫でてあげると、マーサは泣き止んで眠ってしまった。

 実家で弟や妹をあやしたり寝かしつけたりしていたので、イル(星琉)は小さい子の対応に慣れている。

 孤児院生活初日の夜は、泣き疲れて寝てしまった女の子の添い寝で終わった。




 翌朝、初めて食べた孤児院の朝食は、想像していたよりマトモだった。

 ちょっと硬いパン、野菜くずのスープ、目玉焼き、サラダ。

 さすがに肉は無かったが、デザートとしてレンムの実のコンポートがあった。

 赤いレンムの実はシロップ煮にすると色が抜けてピンク色になり、シロップが薄紅色に染まる。

 甘酸っぱいコンポートは食後にピッタリだ。

「スタッフのエレナが料理上手だから、ここは孤児院の中でも食事が美味しいと評判なのよ」

 年長の女の子が教えてくれた。

 エレナというのが初日早々イルに魅了された女性だ。

「ありがとうエレナさん、美味しかったです」

 朝食後、イルが厨房で洗い物をしているエレナに声をかけると、やはりまた頬が赤くなっている。

「あぁイル君、朝から癒しをありがとぅ~」

「はーい」

(…その無自覚な魅了やめんかい!)

 無駄に愛想のいいイルに心の中でツッコむレンであった。




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