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第51話:誘拐犯と睡眠薬

 レンが持つマイクロチップ型魔道具のアプリで異空間牢に放り込まれた誘拐犯2人。

 簡易タイプの異空間牢は瀬田が管理する大型の異空間牢獄とリンクしており、収容されると瀬田に通知が入り、任意で転送出来る。

「…ふむ。フォンセと直接の繋がりは無いようだな」

 魔道具で大魔道士に関する記憶の有無を調べる瀬田。

 犯人はどちらも面識が無いという結果が出た。

「こいつらの背後にいる奴隷商を調べるところからだな…」

 調べ終えると、瀬田は犯人をアジトへ転送した。



 想定外のエレナに救出されたイルは、そのまま抱っこされて孤児院に帰った。

 誘拐犯に嗅がされた睡眠薬の効果は、アプリの情報によればおよそ5時間。

 その効果は左手の皮下に仕込んだ魔道具で無効化されているので、意識はハッキリしているが…

「イル君、お願い、目を開けて!」

「エレナ落ち着いて」

「とりあえずベッドに寝かせて」

 …抱っこされたまま孤児院の医務室へ連れて行かれ、号泣するエレナが放そうとしない事態。

 廊下では、エレナに運ばれて来たイルを心配する子供たちが集まり、扉に聞き耳を立てていた。


『…なんか大騒ぎになっちまったけど、どうするよ?』

 他の子と一緒に廊下に出されたレンは、脳波通信アプリでイルに聞く。

 マイクロチップ型魔道具を仕込んだ者だけに聞こえる会話だ。

『よし、無効化OFFって寝る』

 宣言して、イルは体内に残っている睡眠薬の効果を無効化していたアプリをOFFにする。

 途端に強力な睡眠効果が襲ってきて、意識が遠のく。

『…って、寝るんかい!』

 レンのツッコミはもう聞こえてなかった。


 睡眠薬の効果は強く、深い眠りに落ちたイルは完全に身体の力が抜けて全く動かない。

「イル君!」

 一向に目を開けないイルに、エレナはパニック状態になっていた。

 寝たフリをしていた少年が、本当に眠ってしまった変化など気付く余裕も無い。

「エレナ!」

 パンッ!と頬に平手打ちを受け、ようやく静まる。

「イルをベッドに寝かせて。でないと診察出来ないでしょ?」

「………はい」

 静かになったエレナが、イルをベッドに寝かせた。

 平手打ちをした人物=孤児院の専属薬師が、患者の診察を始める。


 身体は温かい、息はしている、心臓も動いている、しかし意識は無い。

 頭や顔や首を見ても傷や痣は無く、手指を見ても犯人に抵抗した痕跡がほとんど無い。

 睡眠薬に反応して色を変える葉をイルの口元に近付けると、緑から黄緑に変化する。

 肺の中にある気化した薬物に強い睡眠作用があると分かった。


「安心して。イル君に使われた薬は一定時間眠らせるだけで健康に害は無いわ」

「…良かった…」

 診断結果を聞いて、エレナがポロッと涙を零した。

「不眠症に使われる薬を布に染み込ませて嗅がせたみたい。そうすると飲むより効果が早く出るから」

 薬師の女性は誘拐犯がイルに何をしたかは分ったが、イルの身体に仕込まれた魔道具やそれの効果は感知出来ない。

 検査用の植物はイルの体内に残留している睡眠薬には反応したが、先ほどまでその効果を打ち消していた魔道具のアプリには反応出来なかった。



 時間の経過で肺の中や血液中の薬物が消えた時、イルは目を覚ました。

 エレナは付き添いたがっていたが夕食を作らねばならず、泣く泣く医務室を離れている。

 廊下に集まっていた子供たちも、スタッフに連れて行かれて今はいない。

「具合はどう? 頭が痛かったりしない?」

「大丈夫です」

 唯一付き添っていた薬師、テレーズという名の女性が声をかけてきたので、イルは異常は無い事を伝えた。

「イル君、何があったか覚えてる?」

「ん~、なんでここにいるのか分からないです」

 テレーズが聞いてくるので、イルはそう答える。

 実際は気を失ってはいなかったので攫われた事は全部覚えているのだが、言うわけにはいかない。

 イルが何も覚えていない様子に、テレーズはホッとしたような顔をした。

 彼女は、イルに攫われた記憶が残っていたらトラウマになるかも、と心配していた。

「ごはん、食べられる?」

「はい」

 食欲もある様子にまた安堵したテレーズが、医務室から出て食事を持って戻って来る。

 それをベッドに付属しているテーブルに置いてもらい、お腹が空いていたイルはペロッと完食した。



 一方、アジトに戻された誘拐犯たちは…

「…痛てて…何だあの怪力女は」

「くそっ、歯ぁ折れちまったじゃねーか…」

 2人ともヨロヨロと起き上がり、呟く。

 見回せば、攫ってきた美少年も怪力女もいなくなっていた。

「ちっ、高額商品を逃がしちまった」

 悔し気に言うと、男たちはアジトから出て何処かへ向かう。

 スラムを抜け、街を出て、付近の森の中へ。

 森の木々に隠れた洞窟に入ると、手足を縛られた人々がいた。

 1人だけ縛られていない男が立っていて、入って来た2人に話しかける。

「ん? 何だ、もう1人連れて来るんじゃなかったのか?」

「すまん、邪魔が入った」

「とりあえずこいつらだけ納品しよう」

 3人の男は、左右の肩に1人ずつ担ぎ上げて洞窟から運び出す。

 手足を縛られた人々は意識を失っており、全く抵抗しない。

 1台の荷馬車が、洞窟前にやって来た。

 大きな檻を積んだ馬車が停まると、男たちは担いで来た者をその檻に入れてゆく。

「本日の納品はこれで全部です」

「御苦労。では商品を検めて金額を決めよう」

 御者の隣に座っていた男が降りてきて、檻の中の人々を観察し始めた。




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