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第75話:消えた人々

 住民が行方不明になっている村を調べて回る渡辺は、林を通る道を歩いている。

 いつもならそこは木こりが木を切る斧の音が響いている筈だ。

 林業が盛んな地域、しかし今はシーンと静まり返っていた。

 林の奥へ入ってみると、斧が刺さった木があった。

 まるで作業の途中で木こりがそこを離れたような…

 しかしこんな中途半端な状態にして仕事場を離れる木こりは普通いない。

 奇妙な事にシャツのボタンが留められた衣服が地面に落ちている。


 畑へ行ってみると、同じように農具がその場に置き去りになっている。

 村の井戸へ行ってみると、洗濯途中の衣類が放置されていた。

 まるで日常生活の途中で前触れも無く消えたような、そんな感じの痕跡。

 いずれも衣服が落ちており、脱いだというよりは中身が消えて服だけが残ったような状態。


『転移魔法とは違うな。あれだったら衣服も一緒に移動する筈だ』

『攫うのにわざわざ服を脱がせる必要があるんでしょうか?』

『カートルの誘拐犯は攫ってからアジトで衣服の剥ぎ取りはしていたが…』

 ライブ配信で瀬田に動画を送りつつ会話する。

 カートル国での拉致事件とはかなり違う感じだ。




 カートル地下大迷宮。

 その最奥に潜む大魔道士フォンセと魔族ロミュラは、眠り続ける子供を見つめる。

 誕生に膨大なエネルギーを必要とするという災厄の主は、不完全な状態で卵から出てしまった。

 本来なら雄々しい成人男性の姿で出てくる筈が、華奢で頼りない子供の身体。

 角も翼も無いので人間の子供に見える。

 その身体には性別を見分けるものが無く、少年か少女か分からなかった。

 睨んだだけで他者を圧倒する威圧感は無く、目を閉じて眠り続けるその顔はあどけなく、無垢な赤子のように見える。


「あの強烈な神聖力は何だったのだ…」

 水盤から離れていたフォンセもロミュラも、トワの勇者がした事を見てはいない。

「分からない」

 子供の身体は完全に脱力した状態で、抱かれていると手足や頭がクタッと垂れ下がる。

「だが、あれのせいで主様は目覚める力を失った」

 不完全な魔王を魔力で作り出した球体に納め、ロミュラが言う。

 幸い人魚の心臓は残ったので、命を繋ぐ事は出来ている。

 しかし意識を保つ魔力が無いので、昏睡状態になっていた。


 聖王国の墓地で使った時より範囲が広く、清める力が高くなった浄霊の技。

 鎮魂花レエムを媒介に、範囲内の死霊やアンテッド系モンスターを消滅させる。

 自身の魔力を神樹の御使いたちに捧げて発動する力は、カートル地下大迷宮全域に広がった。

 それは、肉体も魂も奪われ霊になることも出来なかった者たちにも及ぶ。

 災厄の主に吸収されていた【存在力】は全て、無垢な魂と化して創造神の元へ還っていった。



 魔族の軍勢はプルミエ王都の防衛システムに消し去られ、隷属紋に操られた奴隷たちは支配から解放されていなくなり、災厄の主のエネルギーは大半が消えた。

 そして、フォンセと魔族を討伐する為に3つの国が送り込んだ人々が、次第に近付きつつある。

「ロミュラ、カートル王都の住民を使え。プルミエや聖王国と違い、シロウの魔道具も無ければ聖女や勇者もいない」

「…いいのか? お前の血縁もいるだろうに」

「構わん。既に断たれた縁だ」

 フォンセの表情には、怨恨の昏さが浮かんでいた。



 カートル王都に、黒い巨大な魔法陣が広がる。

 魔法探知を持つ宮廷魔道士は異変を感じたが、対応出来る時間は無い。

 瞬時に、王都内に居た全ての生物が肉体も魂も奪われ消滅した。

 大陸最大の面積と人口を誇るカートル王都。

 スラム街の住民も、孤児院の子供たちや職員も、街の人々も、全てが消えた。

 貴族や騎士たち、王宮務めの者たち、国王すらも魔法陣に飲み込まれた。


「?!」

 カートル孤児院の人々が消滅した直後、彼等を登録していたアプリが異常を報せる。

『孤児院の人たち、何かあった?!』

『誘拐か?!』

 イルと奏真は驚いて孤児院の関係者を調べてみた。


 偵察アプリ:area monitoring


 任意の範囲内をレーダーのように監視する。

 気配探知と似た効果だが、敵味方の居場所だけでなく体調などの状態も調べられる。

 登録した人物を追跡する機能も備えており、その場合は追跡する対象を中心とした範囲も監視可能。


 しかし、彼等を追跡する事は出来なかった。

 唯一居場所が分かるのは冒険者として地下迷宮に来ているエレナだけ。

 他の人は居場所を検索出来なくなっていた。


 ………対象が見つかりません………


 そんなメッセージが出るのみ。

 大陸内のどこにも彼等は見つからなかった。




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