『ヒロヤ君、そちらの様子はどうだい?』
『静かなもんです。王都に大群が来た後こちらには全く来てません』
人魚の里、プライベートビーチの小屋でヒロヤは瀬田に報告している。
森田は元は苗字で呼ばれていたが、今では里での呼び名と合わせてヒロヤと呼ばれていた。
マイクロチップ型魔道具・assortment skill。
株式会社SETA異世界派遣部社員全員が装着している。
直径1mm、長さ8mm、皮下に埋め込んで脳波で操作する魔道具だ。
その機能の1つ、EEG communicationは、脳波を使った通話を可能にする。
通話はアプリ所持者間でのみ有効。
送信者が見たものを受信者も見る事が出来る、ビデオ通話に似た機能を持つ。
グループでの通話も可能。
この機能を使って互いに連絡を取り合っていた。
『先日預けた2人は元気になったかい?』
『はい。今みんなでウミガメ見てますよ』
奏真とイルが異空間牢に送った女性と少女も、メンタルケアのため人魚の里で保護している。
彼女たちが攫われて牢に閉じ込められていた期間は前に保護した子供たちより短かったようで、心の回復は早かった。
適応力が高い少女は既に笑顔を見せるほどになっている。
『実はもう1人預かってほしい子がいてね。カートル孤児院の子なんだが、里子に行く予定の村が住民消失事件の1つになっているんだ』
『構いませんよ。 いなくなった人たち、まだ誰も見つかりませんか?』
人魚の里への魔族の襲撃が無くなってから、この大陸のあちこちの村から住民全員がいなくなる事件が起きていた。
そしてその人々は1人も見つかっていない。
新たに加わる子は、カートル孤児院の医務室担当職員テレーズに連れられて来た。
「この子の名前はロシュといいます。ずっと怯えたままで言葉が話せなくなっています」
テレーズが説明するその子供は7~8歳の少年で、ブルブル震えている。
「分かりました」
膝をついて目線を少年と同じ高さにして、ヒロヤは穏やかに話しかけた。
「大丈夫、君をいじめたりしないよ。 ここでゆっくり心を癒そうね」
そこへ、ウミガメを見ていた少女が駆けて来る。
「先生~! カメさん撫でさせてくれたよ!」
「!」
少女の姿を見た途端、少年に変化が起きた。
言葉は出ないが、その手を少女の方へ差し伸べる。
「あ! ロシュも助かったのね!」
少女がすぐに気付き、少年を抱き締めた。
乗合馬車で一緒に乗っていた女の子。お菓子を分けてくれたのを覚えている。
盗賊に攫われて、狭い牢の中に一緒に詰め込まれていた仲間。
牢の中で怯えていた子が無事で、この場所で楽しそうにしている。
「………」
凍った心が溶けて、涙が流れる。
まだ言葉は出ないが、ロシュは少女を抱き締め返す事で嬉しさを表した。
『魔族たちが人魚の里を襲っていたのは、その心臓を魔王の誕生に使う為らしいよ』
脳波通信で話すのは、勇者イルとして聖王国に在籍する星琉。
地下迷宮を進む途中の休憩時間に通信していた。
『で、セイル君はその魔王を倒す為に神が創った勇者の生まれ変わりなんだっけ?』
ヒロヤが言う。
異世界に行っておいて何だが、随分とファンタジーな話だなと思う。
『前世の記憶とか無いから、全然そんな感じしないですよ。聖剣に懐かれた以外は』
イルが苦笑している様子が伝わってくる。
本来は攻撃力を上げるだけの武器が、使い手を護る効果を自ら作り出すなど普通は無い。
魂を持ち、初代勇者の死を覚えている聖剣は、当代は死なせたくないという意識があるらしい。
『聖剣が懐くって時点で一般人とは違う気がするよ』
ヒロヤはツッコミを入れた。
休憩を終えて再び地下迷宮を進み始めたイルと聖騎士たち。
その前方に現れるのは、実体を持たぬゴースト系の魔物。
物理攻撃系の冒険者には厄介な敵かもしれないが、聖騎士にとっては倒しやすい相手だ。
彼等の武器には聖女の
その武器で攻撃すれば物理ダメージは通らないが、付与された魔法でゴーストは消滅した。
(こっちはいいけど他のパーティが遭遇すると厄介だろうな…)
そう思ったイルは、ストレージから
『ライム、頼む』
『OK!』
懐に潜んでいた神樹の妖精がフワリと出てくる。
緑の羽根の妖精たちが、金髪の勇者の周囲に集う。
………彷徨う霊たちよ、正しき道へ還れ………
彼の願いに呼応して、妖精たちが一斉に光を放った。
青い星型の花が、その数を増やして地下迷宮全体に散らばる。
心を落ち着かせる微かに甘い花の香りが広がった。
「うぉっ?! なんだこりゃ?!」
ゴーストに苦戦していたところに
花びらは一気に広がり、ダンジョン内の全てのゴースト・アンテッド系モンスターを浄化した。
純粋な神聖力はそれだけで収まらず、ロミュラがエネルギーを注ぐ卵にも影響を及ぼした。
「!!!」
鍾乳石と同じ質感の硬い殻にビシッ!と大きなヒビ割れが入り、ロミュラが驚愕する。
「なんだこの神聖力は?!」
一緒にいるフォンセも動揺した。
「あぁ! 駄目、待って!!!」
ロミュラが悲鳴に近い声で叫ぶ。
ヒビ割れた卵から黒い霧が漏れ出し、舞い込んだ青い花びらに巻き込まれるように消えてゆく。
そして、パンッ!と音を立てて破裂した勢いで卵の殻が飛び散る。
ロミュラとフォンセは飛散した殻をまともに浴び、破片が突き刺さった肌から血が流れ出た。
痛みに顔をしかめる2人の前で、卵から現れた子供がドサリと倒れる。
「………そんな………」
傷の痛みを堪えて歩み寄るロミュラが抱き上げた子供は、目を閉じてピクリとも動かなかった。
「…どうなったのだ…?」
フォンセが問いかける。
「せっかく注いだ力が、人間どもの存在力が全て浄化されて消えた。今の主様は人魚の心臓の力だけで辛うじて生きている…」
ロミュラは呆然とした様子で答えた。