14年前、賢者シロウが転移してこなければ………。
大魔道士フォンセは苛立つ。
カートル国王を暗殺して密かに政権を握り、闇魔法でプルミエを滅ぼそうとした彼が敗走したのは、シロウが作り出す魔道具の影響が大きかった。
「プルミエに向かった兵士たちは全滅した。もう我々に出せる手数は無い」
フッと現れた女性が言う。
頭には角、背中には蝙蝠のような被膜ある翼、魔族の女性だ。
彼女はフォンセがいる場所から更に奥、奴隷たちの牢から少し離れた場所にある卵のような形をした鍾乳石を見る。
「せめて人魚の心臓がもっと集められればよいのに」
彼女は卵を思わせるそれに歩み寄り、愛おしそうに撫でた。
「もう人魚の里を攻める兵力も無い。そこの連中を貰うけど、いい?」
「いいだろう。奴隷はいくらでも補充出来る」
フォンセが承諾した。
魔族の女性が牢に詰め込まれた人々に手をかざすと、全員をその範囲に飲み込む魔法陣が現れた。
魔法陣から黒い霧が湧き出し、包まれた人々が瞬時に消滅する。
最上級の闇属性魔法、対象が存在する為のエネルギーを奪う効果があった。
魔法に対して無防備な状態だと生命力も魔力も肉体や魂を維持する力も完全に奪い取られ、遺体すら残らず消滅する。
1つの牢を空にすると、隣の牢に魔法陣が現れて人々を飲み込む。
そうして短時間で複数の牢から全ての人間が消滅した。
「それを奴らに使えればよいのにな」
瞬時に消滅した人々を見てフォンセが言う。
「いつ反射されるか分からない相手になんて危なくて使えないわよ」
魔族が言い返す。
奪い取った【存在力】は蛍の光のような緑がかった光の玉に変わり、魔族の女性が手を触れている卵型の鍾乳石に吸い込まれていった。
大陸各地の農村で、住民全員がいなくなる事件が起きていた。
村全体を覆う魔法陣が現れ、黒い霧が瞬時に村人全員を包み込み消滅させる。
討伐隊が地下迷宮を進む間に、多くの村が無人の廃墟と化した。
普段なら依頼などで訪れる冒険者が異変に気付いたかもしれない。
しかし今は全ての冒険者がカートル地下迷宮に集結している為、他の依頼は休止状態となっていた。
「え………どうして誰もいないの?!」
異変に気付いたのは、獣人族の冒険者ナルの妹・リマだった。
その納品で行った村から誰もいなくなっていた。
瘴気に似た嫌な魔法の残滓が村に漂っている。
(何か大変な事が起きてる…!)
リマは異常事態と判断し、親しくしている聖女イリアの元へ報せに向かった。
「大変ですぅぅぅ!!!」
凄い勢いで走って来る白い仔狐。
門番たちは一瞬ギョッとするが、王女や勇者と親しい獣人の子供と分るとすんなり通らせた。
今は大規模な作戦の途中、いつ伝令が飛んでくるか分からない。
「イリアさまぁぁぁ!!!」
お城の中でイリアを見つけたリマは、ピョーンとジャンプしてスポッと腕の中に納まる。
出会って間もない頃は聖女様と呼んでいたが、親しくなった今は名前呼びである。
「どうしたの? リマちゃん」
「イスク村の人が、誰もいなくなってます!」
イスク村はラグスの森を抜けてすぐの村で、
「お父様とシロウに報せましょう」
イリアはリマを抱いたまま国王と賢者がいる王城地下の研究室へ向かった。
「住民が誰もいない?」
報せを受けた国王も賢者も、それが緊急事態であると察する。
「それに、闇魔法を使った後みたいな感じがしたんです」
リマは自分が分る限りを伝えた。
王都に襲ってきた魔族の大群を消滅させて以降、人魚の里シイに魔族は攻めてこなくなった。
大半の兵士を失って攻めてこられなくなったと推測していた。
そんな中での多人数の行方不明となれば、隷属紋で支配する兵士の増量の為と予想された。
「他の村も調べた方が良かろう」
国王は騎士たちに国内の村すべての視察を命じた。
すると、王都から遠い複数の村の転送陣が破損しており、行けなくなっている事が分った。
転送陣が無ければ騎士たちは馬で行くしかない。
その時間が惜しい瀬田は、渡辺に視察を任せる。
『渡辺君、今からリストを送る村に行って住民が無事か見てくれ』
『了解しました』
渡辺はスマホの転移アプリを使い、瀬田からの転送リクエスト先を見て回る。
そして、転送陣が破損して行けなくなった村全てから、住民が消え去っている事が判明した。
「愚かな人間たち、人魚の心臓を渡しておれば犠牲は少なかったであろうに」
密かに村人から奪った【存在力】を卵型の鍾乳石に注ぎながら、魔族の女性は口元に笑みを浮かべる。
フォンセに協力する魔族の女性は、名前をロミュラという。
彼女は1000年周期で転生する災厄の主と共に生まれてくる補佐役だった。
一般的に魔王と呼ばれる災厄の主は誕生に膨大なエネルギーが必要で、ロミュラはそれを集める役割をしている。
以前人魚ロゼから奪った心臓と、牢にいた奴隷全員の命、大陸の多くの村の住民の命を吸った卵。
災厄の主に必要なエネルギーが次第に満たされつつあった。