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第72話:隷属魔法

 フォンセによって隷属紋に魔法を組み込まれたのは、7~8歳の少年。

 カートル国で攫われて1年にも満たない。

 敵を見たら自動的に発動する魔法を仕掛けられた彼が送り込まれた先には、同じ国の冒険者たちのパーティがいた。

「ロシュ?!」

 エレナはその少年を知っていた。

 里親の元へ向かう途中で行方不明になった子だ。

 地下迷宮の通路の先に突然現れた子供から、本人の意志とは無関係に魔法が放たれる。


 岩石槍ロックスピア


 魔力を全て消費して範囲攻撃へ。

 付近の鍾乳石が鋭い槍に変わり、エレナたちを襲う。


 しかし、それが対象を害する事は出来なかった。

 不可視の障壁がエレナたちを覆い、それに当たった岩の槍は粉々に砕けて消える。

 パーティにいる支援タイプの魔道士が事前に展開していたバリアが彼等を護った。


 対魔法防壁プレベントマジック


 魔法を防御するバリアを張る支援魔法。

 魔力の消費や熟練度で範囲や耐久度が変わる。

 Sランク魔道士が使うそれは、岩石槍ロックスピアを完全に防いだ。


 魔法の発動に魔力を搾り取られた子供は、意識を保てなくなり昏倒する。

「ロシュ! どうしてこんな事したの?!」

 エレナが駆け寄り抱き起すが、少年はグッタリして動かない。

 昏睡状態で脱力した身体に傷は無いが、顔色は青ざめていた。

「魔力切れですね」

 仲間の魔道士が言う。

「隷属紋の魔法が感じられます。自動発動型の魔法を仕掛けられたか…」

「酷い…無理やり攻撃させるなんて…」

 ロシュと呼んだ少年を抱き締めて、エレナが怒りに身を震わせる。

「とりあえず隷属を解除して保護しましょう」

 Sランク魔道士がエレナに抱かれている子供に手をかざした。


 解除魔法ディスペル


 対象にかかっている状態異常を直す。

 上級になると隷属魔法なども解除出来る。

 彼はSランク、隷属紋を解除する事が出来た。


「送り先はエレナの仕事先でいいですか?」

「ええ。テレーズのところに送って」

 エレナが少年をそっと地面に寝かせた。

 魔法探知で少年から隷属紋が消えた事を確認すると、魔道士は移動の魔法を使う。


 転移魔法テレポート


 術者が知っている場所から場所への移動が可能。

 エレナが日頃働いている孤児院を、仲間である魔道士は知っていた。

 魔力を全て使い切って意識の無い子供は、カートル孤児院の医務室へ送られた。



「え? ロシュ?!」

 医務室のベッドに突然現れた子供を見て、テレーズは声を上げた。

 孤児院を出て里親が待つ村へ向かう途中で馬車が盗賊に襲われ、消息不明となった者の1人だ。

 一体この子は今まで何処にいたのか?

 とりあえず抱き上げて隣のベッドに移した。

 エレナたちとは事前に打ち合わせている。

 現れる場所はロシュが転送されてきたベッドを指定している。

 他にも行方不明になっている子がそこへ送られてくる可能性があった。



(アスセルか…。奴が先の隷属も解除したのか?)

 水盤を見ながらフォンセは考える。

 同じ国の魔道士、フォンセとは面識があった。

 攻撃系・状態異常系の魔法を得意とするフォンセとは逆に、アスセルは支援系・治療系に長けている。

 しかし先に女性を送り込んだ双剣使いのパーティがいる場所とはかなり離れており、アスセルの魔法が届くとは思えない。

 アスセルはフォンセと同じく転移魔法テレポートの使い手だが、対象の姿が見えていなければ使えない筈。

(もう少し調べる必要があるな)

 フォンセは使い捨ての奴隷を、トワの勇者と聖騎士団がいる場所へ送り込んだ。



 隷属紋に魔法を組み込まれたのは、貧しい農村から奴隷商に売られた少女。

 先程の少年よりは少し年上だが、まだ大人とはいえない子供だ。

 隷属紋に自動発動型の魔法を仕掛けられた彼女は、敵を目視した途端に魔法を強制使用させられる。

 フォンセは彼女に氷魔法を組み込んだ。


 氷結槍アイススピア


 魔力を全て消費して範囲攻撃へ。

 洞窟内を流れる川の水が凍って鋭い槍と化し、聖騎士団を襲う。


 聖騎士団は盾を構え、氷の槍を防いで砕く。

 特殊効果の【凍結】は、盾に付与された状態異常抵抗で防がれた。


 トワの勇者イルを襲う氷の槍、それが届く事は無い。

 青白い光の軌跡を描いて抜き放たれた聖剣が、全て粉々に砕いていた。

 刀身が抜け出た鞘は燐光と化し、彼を包んで護る。

 氷の槍が全て消えると、イルは空いている手を柄に添える。

 燐光がそこへ集まり鞘となった。


 発動した魔法に魔力を全て搾り取られた少女が倒れると、聖騎士の1人が近付き手をかざす。

 解除魔法ディスペルによって少女の隷属紋も解除された。

 その直後、少女の姿がその場から消えた。



転移魔法テレポートを使ったのは誰だ?)

 水盤でその様子を凝視するフォンセには、聖騎士が使った解除魔法ディスペルの痕跡しか見えない。

 誰が少女を移動させたのかは分からなかった。

 魔道具を使った姿も見えず、そもそも魔道具自体が見当たらない。



(この世界の人間の知識では、マイクロチップなんて想像つかないだろうね)

 聖騎士たちと共に歩き出しながら、イルは思う。

 その左手の皮下に直径1mm、長さ8mmほどの小さな魔道具が仕込まれている事など、フォンセには分る筈も無かった。




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