エルティシアに来てから1ヶ月が経った。
神殿の暮らしも学校もギルドのフリー討伐も、すっかり日課になって慣れている。
夜の森の狩りは、どんな風に狩っているのか見たいというカリンを連れて行ったら、これなら心配する要素が無いって納得してくれた。
【完全回避】のユニークスキルのことも、全方位攻撃スキル【
睡眠は夕食後にも少しとっているので、寝不足にはならなそうだと分ってくれた。
「そろそろナーゴに買い出しに行こうかな」
「おっ、遂に米と醤油を買いに行く?」
「うん、ついでに買ってあげるよ」
「じゃあ、後でこちらの通貨をイオに払うね」
「翔にはこちらで世話になってるから、お代はいいよ」
「異世界へ買い物に行くの? 私も連れてって」
翔にリクエストされている米と醤油を買いに行く話をしていたら、カリンも行きたいと言い出したよ。
そりゃ、行ってみたいよね?
カリンにもいろいろ買ってあげよう。
こう見えても、ナーゴではそこそこのお金を持ってるから。
エルティシアには無い食べ物を買い込もう。
魚の煮つけとか、ボア肉の串焼きとか、茹でタワバもいいな。
カリンには果物を飴でコーティングしたのとか、花の砂糖漬けとかを食べさせたら喜ばれそう。
そんなわけで、俺・翔・カリンの3人で、ナーゴ買い出しツアー出発だ。
「その身体はナーゴでも活動出来るから、すぐ戻るならそのまま行けばいいと思うよ」
という翔のアドバイスで、俺はエルティシア用に作ってもらった身体でナーゴに転移した。
転移魔法は翔にお任せで、俺とカリンは手を繋いで運ばれるだけの簡単移動。
カリンはエルティシア内なら転移出来る能力があるそうだけど、異世界転移は初めてらしい。
「ここがナーゴ?」
「うん。ナーゴの世界にある、アサケ王国っていう国だよ」
ゆっくりと歩く、街の散策。
興味深そうに辺りを見回すカリンに、俺は国の名前を教えてあげた。
1ヶ月ぶりのアサケ王国。
なんだかちょっぴり懐かしい。
転勤の多いサラリーマンが、前の勤務地にちょっと来てみた感覚と似ている。
といっても、こちらでは俺が転移してから30分しか経ってないけど。
「はいおまたせ。魚の煮つけ、サービスで1匹追加しておいたよ」
「ありがとう!」
「日本から来たんだろう? 向こうのとどっちが美味しいか、今度教えておくれ」
「はーい!」
何度か来たことがある店のおばちゃんも、俺が誰か気付いてない。
転移前に、俺は翔の魔法で容姿を少し変えてもらった。
黒髪にして髪型を変えただけで、街の人々は俺だとは分からなくなる。
日本から来た人たちかな~と思われているようだ。
おかげでノンビリと買い物を楽しめたよ。
エカにはバレそうだけど、彼は多分在宅中だろう。
30分前に俺の本体を自宅に運んで、その傍についている筈だ。
そんなエカに同じ容姿の人間が街にいたよなんて話がいったら、ドッペルゲンガー騒ぎになるかもしれない。
『3人とも黒髪だと、日本人の親子みたいね』
金髪だと世界樹の民と間違われそうなカリンも、黒髪に変えてもらった。
ナーゴは日本からの異世界転移者が多いので、猫人たちは黒髪ならみんな日本人だと思っている。
顔立ちが西洋風でも東洋風でも、猫人たちには違いはイマイチ分からないらしい。
買い物は問題なく終わり、エルティシアに帰る前に、俺たちはアサケ学園の図書館に立ち寄った。
翔の転移魔法で、あっさり入れてしまう禁書閲覧室。
聖なる力の流れが視えるカリンは、神霊タマの姿も視ることができた。
「はい、お土産だよ」
「ありがとう!」
リクエストされていたアムルの実を渡したら、タマは大喜びだ。
実体のない神霊だけど、タマは俺が触れた物なら触れるし食べることも出来る。
アムルの実を翔が買ってくれたのは1ヶ月前だけど、
「イオ、表情が明るくなった。異世界ライフを楽しんでいるみたいだね」
「うん、前世のイメージを押し付けられたりしないから気楽でいいよ」
タマと俺が話している間、翔はカリンと一緒に一般書籍エリアの本を見に行っている。
しばらくして禁書閲覧室に戻ってきたカリンは、宝の山を見たようにテンション高くなっていた。
「なんて素晴らしいの。ここはまるで書籍の楽園だわ!」
頬を桜色に上気させて、カリンは図書館を絶賛した。
一緒に戻ってきた翔が、嬉しさが混ざった得意顔でウンウンと頷いている。
「私、大人になったらここで働きたい」
カリン、図書館司書希望か。
俺も子供の頃に夢見たことがあるなぁ。
っていうかカリン、ナーゴに住むつもり?
「それはいいけど、カリンはこの世界に引っ越すの?」
「ううん。エルティシアでイオと一緒に暮らすから、あっちからここへ通うわ」
カリン、まさかの異世界通勤?
まあ、ナーゴには日本から働きに来ている人がいるから、珍しくはないけど。
「一緒に暮らすって、イオ、婚約者が出来たの?」
カリンの発言に、タマが興味津々でヒゲをピーンと張ってるんだけど。
「いいえ、私はイオのお母さんよ」
「え?」
カリンのお母さん宣言に、タマはポカンとした。
それに至る経緯を知る翔は、カリンの背後で苦笑している。
「……随分、お若いお母さんだね」
呆然としつつ呟くタマのヒゲが、脱力したように斜めに下がった。