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第36話:買い出しに行こう

 エルティシアに来てから1ヶ月が経った。

 神殿の暮らしも学校もギルドのフリー討伐も、すっかり日課になって慣れている。

 夜の森の狩りは、どんな風に狩っているのか見たいというカリンを連れて行ったら、これなら心配する要素が無いって納得してくれた。

【完全回避】のユニークスキルのことも、全方位攻撃スキル【白き翼エルブランシュ】のことも、カリンには隠さず話してある。

 睡眠は夕食後にも少しとっているので、寝不足にはならなそうだと分ってくれた。


「そろそろナーゴに買い出しに行こうかな」

「おっ、遂に米と醤油を買いに行く?」

「うん、ついでに買ってあげるよ」

「じゃあ、後でこちらの通貨をイオに払うね」

「翔にはこちらで世話になってるから、お代はいいよ」

「異世界へ買い物に行くの? 私も連れてって」


 翔にリクエストされている米と醤油を買いに行く話をしていたら、カリンも行きたいと言い出したよ。

 そりゃ、行ってみたいよね?

 カリンにもいろいろ買ってあげよう。

 こう見えても、ナーゴではそこそこのお金を持ってるから。

 エルティシアには無い食べ物を買い込もう。

 魚の煮つけとか、ボア肉の串焼きとか、茹でタワバもいいな。

 カリンには果物を飴でコーティングしたのとか、花の砂糖漬けとかを食べさせたら喜ばれそう。

 そんなわけで、俺・翔・カリンの3人で、ナーゴ買い出しツアー出発だ。


「その身体はナーゴでも活動出来るから、すぐ戻るならそのまま行けばいいと思うよ」


 という翔のアドバイスで、俺はエルティシア用に作ってもらった身体でナーゴに転移した。

 転移魔法は翔にお任せで、俺とカリンは手を繋いで運ばれるだけの簡単移動。

 カリンはエルティシア内なら転移出来る能力があるそうだけど、異世界転移は初めてらしい。


「ここがナーゴ?」

「うん。ナーゴの世界にある、アサケ王国っていう国だよ」


 ゆっくりと歩く、街の散策。

 興味深そうに辺りを見回すカリンに、俺は国の名前を教えてあげた。


 1ヶ月ぶりのアサケ王国。

 なんだかちょっぴり懐かしい。

 転勤の多いサラリーマンが、前の勤務地にちょっと来てみた感覚と似ている。

 といっても、こちらでは俺が転移してから30分しか経ってないけど。


「はいおまたせ。魚の煮つけ、サービスで1匹追加しておいたよ」

「ありがとう!」

「日本から来たんだろう? 向こうのとどっちが美味しいか、今度教えておくれ」

「はーい!」


 何度か来たことがある店のおばちゃんも、俺が誰か気付いてない。


 転移前に、俺は翔の魔法で容姿を少し変えてもらった。

 黒髪にして髪型を変えただけで、街の人々は俺だとは分からなくなる。

 日本から来た人たちかな~と思われているようだ。

 おかげでノンビリと買い物を楽しめたよ。


 エカにはバレそうだけど、彼は多分在宅中だろう。

 30分前に俺の本体を自宅に運んで、その傍についている筈だ。

 そんなエカに同じ容姿の人間が街にいたよなんて話がいったら、ドッペルゲンガー騒ぎになるかもしれない。


『3人とも黒髪だと、日本人の親子みたいね』


 金髪だと世界樹の民と間違われそうなカリンも、黒髪に変えてもらった。

 ナーゴは日本からの異世界転移者が多いので、猫人たちは黒髪ならみんな日本人だと思っている。

 顔立ちが西洋風でも東洋風でも、猫人たちには違いはイマイチ分からないらしい。


 買い物は問題なく終わり、エルティシアに帰る前に、俺たちはアサケ学園の図書館に立ち寄った。

 翔の転移魔法で、あっさり入れてしまう禁書閲覧室。

 聖なる力の流れが視えるカリンは、神霊タマの姿も視ることができた。


「はい、お土産だよ」

「ありがとう!」


 リクエストされていたアムルの実を渡したら、タマは大喜びだ。

 実体のない神霊だけど、タマは俺が触れた物なら触れるし食べることも出来る。

 アムルの実を翔が買ってくれたのは1ヶ月前だけど、異空間倉庫ストレージで保管していたから鮮度は全く落ちてない。


「イオ、表情が明るくなった。異世界ライフを楽しんでいるみたいだね」

「うん、前世のイメージを押し付けられたりしないから気楽でいいよ」


 タマと俺が話している間、翔はカリンと一緒に一般書籍エリアの本を見に行っている。

 しばらくして禁書閲覧室に戻ってきたカリンは、宝の山を見たようにテンション高くなっていた。


「なんて素晴らしいの。ここはまるで書籍の楽園だわ!」


 頬を桜色に上気させて、カリンは図書館を絶賛した。

 一緒に戻ってきた翔が、嬉しさが混ざった得意顔でウンウンと頷いている。


「私、大人になったらここで働きたい」


 カリン、図書館司書希望か。

 俺も子供の頃に夢見たことがあるなぁ。

 っていうかカリン、ナーゴに住むつもり?


「それはいいけど、カリンはこの世界に引っ越すの?」

「ううん。エルティシアでイオと一緒に暮らすから、あっちからここへ通うわ」


 カリン、まさかの異世界通勤?

 まあ、ナーゴには日本から働きに来ている人がいるから、珍しくはないけど。


「一緒に暮らすって、イオ、婚約者が出来たの?」


 カリンの発言に、タマが興味津々でヒゲをピーンと張ってるんだけど。


「いいえ、私はイオのお母さんよ」

「え?」


 カリンのお母さん宣言に、タマはポカンとした。

 それに至る経緯を知る翔は、カリンの背後で苦笑している。


「……随分、お若いお母さんだね」


 呆然としつつ呟くタマのヒゲが、脱力したように斜めに下がった。





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