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第35話:転移者の事情

 俺は翔に念話で確認しつつ、話せることは全てカリンに話した。


 俺の前世はナーゴという異世界の人間で、神様から魔族討伐を命じられて、地球という異世界に転生したこと。

 討伐対象の魔族と遭遇する前に、魔王の力でナーゴに転移させられたこと。

 ナーゴ転移の際に、地球での名前と姿を失い、前世の幼少期の姿で生きていること。

 ナーゴで通っていた学園の図書館で、翔が書いたエルティシアについての本を完読したら、御褒美としてエルティシアに連れて来てもらえたこと。

 カリンが俺に親切にしてくれたことへの感謝と共に、俺の家庭の事情も伝えた。


「翔と同じ異世界人だったのね。元の世界には帰りたいとは思わないの?」


 カリンは翔から地球やナーゴなどの異世界がある話は聞いていたそうで、俺の話を聞いてもそれほど驚く様子は無かった。


 翔は13歳で日本からナーゴに転移した後、80年ほど生きて老衰で死亡し、エルティシアに転生したとカリンは聞かされているらしい。

 さすがに神スキルでエルティシアの世界を創ったなんていう、トンデモ話は出来ないみたいだけどね。


「地球に、もう未練は無いよ」


 これは勿論、俺の本音。

 育ての親だった祖母はもう亡くなってるし、唯一の家族だった妹はナーゴに来たけど、前世返りで別人になってしまったし、親友のモチやカジュちゃんもナーゴ滞在の前世返りで別人状態だ。

 家族も親友も消えた地球に、未練は全く無い。


「ナーゴは?」

「そっちはいつでも帰れるし、戻る時間軸を調節してもらえるから大丈夫だよ」


 翔に米と醤油をリクエストされているから、近日中にナーゴには一度帰る予定だ。

 かれこれ半月くらいエルティシアにいるけど、ナーゴには俺の転移から30分後くらいの時間軸に戻れると翔から聞いている。


「イオは、ナーゴよりもエルティシアに住みたいの?」

「うん。ここなら俺の前世を知る人はいなくて、俺は俺として生きられるから」


 答えた途端、俺はカリンに抱き締められた。

 ちょっと驚いたけど、カリンの抱擁は温かくて心地よい。


 でも……


「じゃあ、ずっとここに住めばいいわ。私がイオのお母さんになってあげる」


 ……って、6歳児にお母さん宣言されるとは思わなかったぞ。


「え〜と、そこは普通【お嫁さん】じゃないの?」


 苦笑しつつツッコミを入れてみた。

 中身20歳の俺が6歳児を嫁にするのも間違ってる気がするけど、お母さんよりはマシだろう。


「だって、イオってば私の母性本能をくすぐるんだもの」


 ……君の母性本能、ストライクゾーン広すぎないか?


「俺、中身20歳だけど」

「見た目も中身も、年齢は関係ないわ」


 ……ソウデスカ。


 世話焼きでオカン的発言が多い6歳聖女様は、間違いなく母親属性だったようだ。


「『ママ』って呼んでいいのよ、坊や」


 ……誰か、このお子様を止めて下さい。


「せめて、『お姉ちゃん』にしない?」

「ん〜物足りないけど、しょうがないわね」


 ……なんとか妥協して頂いたよ。


 カリンはそのまま「添い寝してあげる」と言って俺のベッドに入ってしまったので、その日の狩りは休んで寝ることにした。


「よく眠れるように、子守唄を歌ってあげるね」


 と言うカリンの歌声は、ヒーリングボイスの美声で安眠効果がありそう。

 ふと、薄い本の物語で、主人公が前々世の兄に子守唄を歌って、心を開かせていたのを思い出した。

 俺は、誰かに子守唄を歌ってもらった記憶は無い。

 だから今、カリンが歌っているこれが、初めて聞く子守唄だ。

 それはまるで聖歌のような、柔らかく清らかな旋律。

 しかし、ベッドに横になって寄り添いながら歌ってる途中で当人が先に寝落ちてしまい、俺を眠らせるには至らなかったようだ。



 ◇◆◇◆◇



『カリンはね、孤児院の前に捨てられていた赤ん坊だったんだよ』


 カリンが寝落ちた後、翔が念話で教えてくれた。


 生まれて間もない頃に捨てられたカリンには、両親の記憶が全く無い。

 以前、ナイフとフォークの使い方で、俺が『父さんと母さんがまだ生きてた頃に習った』と話した際の悲しそうな顔は、似た境遇だからではなく、カリンには親の記憶が1つも無い寂しさからだったんだろう。

 多分カリンも、誰かに必要とされたいのかもしれない。


『カリンは、君が来てから毎日食堂で楽しそうにしているね』

『今までは違ったの?』

『うん。神殿には今まで、あの子と歳の近い子供がいなかったからかもしれない』


 俺がいることで、カリンが楽しいと感じてくれるのなら嬉しいな。

 ナーゴでは、セレスト家の人々を泣かせてばかりだったから。


 そして俺は、白き民の寿命を知ろうと思った。

 俺の今の身体、世界樹の民の寿命は、ファンタジー世界のエルフのように長い。


『翔、この世界の人々の寿命は何年くらい?』

『100年くらいだよ』

『ナーゴの猫人たちと同じか』


 つまり、カリンは俺の10分の1ほどしか生きられないということ。

 ルルがアズを残して逝ったように、カリンも俺より先にこの世を去るだろう。


 俺は世界樹の中で見た、美しいまま永遠に眠るルルを思い出した。

 その遺体から、俺は生命をこの世に繋ぎ止める魔法を得ている。


 肉体の時を止める魔法、【時の封印ルタンアレテ】。

 カリンは、俺がいつかそれを使うことを許してくれるだろうか?


『時の封印を使うことを、僕は止めない。カリンが望むのなら使ってあげたらいいよ』

『カリンが大人になったら聞いてみるよ』


 世界樹の民の身体は、20歳までは白き民と同じように成長する。

 しかしその後は、何百年も見た目が変わらなくなる。

 もしもカリンに時の封印をかけるとしたら、20歳頃がいいだろう。

 本人がそれを受け入れてくれればの話だけどね。




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