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第34話:カプロスのベーコン

 翌朝。

 カリンはいつも通りの時刻に食堂に来た。

 食欲もいつもと同じで、1品リクエストするのも変わらない。


 今日の朝食のプラス1品は、カプロスという猪に似た生き物の肉の加工品。

 肉を塩漬けして、塩抜きして、煙で燻して作る、ベーコンによく似た食べ物。

 日本のスーパーで売られている一般的なベーコンに比べて少し厚みがあり、焼くと表面だけカリッとして、内側はハムのような弾力が残っている。


 カプロスは、日本のウリ坊(子供の猪)に似た毛色と大きさで成獣になる。

 肉質は日本産の猪よりも、高級豚肉に似て獣臭さが無く柔らかい。

 人間に対して基本的には襲ってこないけど、走り出すと急には曲がれないし止まれないという困った性質があり、ウッカリ進行方向にいると跳ね飛ばされるので要注意だ。


 料理長から翌朝のメニューをコッソリ聞いていた俺は、ベーコンエッグが食べたくなって鳥の卵を採集して渡しておいた。

 カリッと焼けたベーコンに、半熟卵の目玉焼きが乗っている。

 日本でよく食べた朝食を思い出させる、懐かしく美味い1品だ。

 肉や魚を食べる人数は把握しているので、ちゃんと全員分の卵を渡してあるよ。


 ベーコンエッグ、俺は塩コショウが好みで、トーストに乗せる派だ。

 トローッと出てくる黄身を零さないように、食べ方に気を付けないといけないけどね。

 8枚切り食パンくらいの厚さに切ったハードパンに乗せて、かぶりつかせていただくよ。

 エルティシアにもコショウに似たスパイスがあり、自由にかけて食べられるようにテーブルに小瓶が置いてあった。

 スパイスは付近の農家で生産しているそうで、庶民的で身近な調味料になっている。


 隣に座っているカリンは、塩だけでシンプルに、ナイフとフォークで食べる派か。

 塩も盛んに生産されていて、庶民の調味料の1つだ。

 この世界の塩は地球と同じ釜炊きや天日干しで、カリンが好むのは海の栄養が多く残る天日塩。


『あ~、これを白飯に乗せて醤油かけて食べたい!』


 なんて念話を送ってくる翔は、目玉焼きは醤油派か。

 米や醤油は無いらしい。

 ナーゴなら転移者が広めた米があり、醤油も流通しているけど、エルティシアにはまだ無い。

 っていうか翔、ナーゴで買えないか?


『ナーゴで醤油や米を買ってくればいいのに』

『僕はナーゴでは死んでる人間だから、お金持ってないよ』

『じゃあ俺が買ってきてあげるよ』

『ありがとう!』


 ということで、そのうちナーゴにちょっと帰って醤油と米を入手してくる予定になった。

 ついでに種籾を買ってきて植えようかな?

 稲作は小学生の頃に授業で習ったし、友人の家が農家だったから田植えとか稲刈りを手伝ったこともあるよ。

 あの頃はまさか異世界転移して稲作をするなんて、思ってもみなかったけど。

 ついでに味噌や醤油作りも広められないかな?

 原料の大豆は似たものがあるから、製法だけ伝えればいいかもしれない。


 ◇◆◇◆◇


 朝食後の神学校行きも、その後の図書館行きも、すっかり日課になった。

 神殿に帰って聖水作りを手伝って、夕食を済ませて少し休んだら、フリー討伐クエストと食材調達の時間だ。

 ベーコンが美味しかったから、今日はカプロスを狩ってみよう。


 神殿の就寝時刻は早い。

 人々が眠りに就く頃、俺は狩り用の衣服に着替えて、窓からコッソリ抜け出して森へ向かう。


 ……筈だった。


「どこ行くの?」

「へ?!」


 窓から出た直後、いきなり声をかけられた。

 驚いて振り向くと、そこにいたのはカリン。

 髪を下ろしているネグリジェ姿、昨夜も見た姿だ。


「夜更かしすると、背が伸びないわよ」


 ……伸びないどころか縮んだぞ、1回目の異世界転移で。


「こんな夜中に出歩かないで、早く寝なさい」


 ……そういう君も、お肌に悪いから早く寝た方がいいんじゃないかな?


 カリンの言葉に心の中でツッコミを入れつつ、俺はどうしたものかと思案していた。

 まさか、昨日カリンが森にいたのは、俺を追いかけて来たからか?

 走る速度の違いで俺を見失って、あの場所で魔物に遭遇しちゃったのか?

 っていうかどこまでバレてる?

 俺がギルド登録しているのは神殿のみんなが知ってるし、罠を仕掛けてコトプヨを獲ってると思われている。

 よし、罠の確認しに行くことにしよう。


「コトプヨがかかってるか、ちょっと見てくるだけだよ」

「で、そのついでに魔物も狩るの?」


 ……バレてる?!


「ま、魔物なんか狩らない……よ?」

「目を逸らしながら言っても説得力が無いわ」


 ……この子、本当に6歳児? 鋭すぎない?


「それに昨日、私を助けてくれたでしょ」

「な、なんのこと?」

「魔物に殴られた私を助けて、部屋まで運んでくれたじゃない」


 ……だめだ、バレてる。


「いつから気が付いてたの?」

「少しよろけたけど、気絶してなかったから」


 カリンは、俺が駆け寄った時から意識があったらしい。

 でも、俺は加速魔法を使っていたから、剣技は見られてない筈……


「動きは視えなかったけど、あの魔物、剣術で倒したのね」


 ……だめだ、完全にバレてる!


「な、なんで分かった?」

「私ね、聖なる力の流れが視えるの」


 ……どうやら6歳聖女様は、料理長と似た感知スキルをお持ちのようだ。


「他の人には言わないわ。だからあなたが何者か、私にだけ教えてくれる?」

「分った、話すよ。長くなるから部屋の中で」


 俺はもう観念して、カリンに全部話すことにした。

 窓の外で話し込むとネグリジェ姿のカリンが風邪をひきそうだから、部屋に入ってもらおう。


「ちょっと抱えていいかな?」

「いいわよ。昨日みたいに優しくしてね」


 ……知らない人が聞いたら、誤解しそうな発言が気になるけど。


 俺はカリンをお姫様抱っこして、部屋の中へと跳躍した。

 そのまま歩いて行って、カリンをソファに降ろす。

 自分も隣に座り、カリンに事情を話し始めた。






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