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第38話:空間移動

 エルティシアに住み始めて2ヶ月が経った。

 俺は聖なる力の一種、【空間移動】を習得したよ。

 この力は異空間をトンネル代わりに、場所を移動するというもの。

 物語の中で主人公が使っていた、あの能力だ。

 ナーゴの転移魔法とは違い、空間移動は魔力ではなく生命力を消費する。

 白き民が負傷した状態で使うと、生命力の低下で傷が塞がらない、血が止まらないなど健康に影響が出たりするらしい。

 けど、白き民の10倍以上の生命力をもつ世界樹の民は、負傷中に使っても1回や2回では影響が出ないだろう、というのが翔の見立てだ。


「使えば熟練度みたいなものが上がって遠くまで行けるようになるし、生命力も高くなるから、使いまくって異世界まで移動出来るようにするといいよ」


 という翔のアドバイスをもらい、俺は毎日空間移動を連発した。


 怪我をしていない状態で使いまくった場合、生命力が下がり過ぎると眠くなることで分かるらしい。

 それを目安に、夜のフリー討伐を済ませた後に空間移動を連続使用、眠くなったら部屋に帰って寝るを繰り返した。


「そろそろ行けるんじゃないかな?」 


 って翔がいうので、試してみることになったのが今日。


「ナーゴに行くなら、場所だけじゃなく時間帯のイメージもすれば、任意の時間に転移出来るよ」

「じゃあ、エカに身体を預けてナーゴを出た直後に行ける?」

「それは出来ない。先月に一度帰っているあの時間帯や、その前には行けないよ」


 異世界転移の時間帯調整には、制限があるらしい。

 過去の俺がいる時間帯や、その前の時間帯へ転移すると、タイムパラドックスが発生し、矛盾を修復しようとする世界の力によって、タイムリープした者は消滅してしまうそうだ。

 SFの世界でよくあるやつだね。


「今行くなら、前回の買い出しが終わって、僕たちがエルティシアに帰った後だね」

「じゃあ、初めての空間移動だから、無難にその翌朝くらいにしておくよ」


 時間帯:買い出し日の翌朝

 場所:アサギリ島、自宅寝室


 こんな感じでイメージして、ナーゴへの空間移動開始。

 異世界転移は問題無く完了し、イメージ通りの場所に移動した俺は、寝室や家の中に異常が無いことを確認後に外へ出た。


 緑の葉を茂らせる、1本の木。

 様々な色と形の花々が、咲き乱れる孤島。

 花畑の真ん中、木と寄り添うようにポツンと建っている小さな家が、俺の前世アズールと妻ルルが暮らした場所。

 今は、住む者がいなくなった空き家だ。


『イオ? どうして魂が無いの?!』

『その身体、今までのものと何か違わないか? どうした?』


 霊体となっているルルとアズには、今の俺の状態が分かるらしい。

 俺は今回も本体には戻らず、エルティシア用の身体でこちらに移動している。


「隠してもバレるか。2人には事情を話しておくよ」


 俺はこれまでの経緯を、ルルとアズに全部話した。

 ルルは、セレスト家の人々が「アズの復活」を望んでおり、俺は要らない人格だからエルティシアに移住したと聞いたところで、申し訳無さそうに頭の犬耳を伏せる。


『父さんも母さんもエカも、困ったもんだな。一度死んだ人間は、戻らないのが普通なのに』


 一番の当事者アズは、溜息をついて呟いた。


 ナーゴでは、転生したら記憶は失われる。

 どうしても残したい場合は、神様に頼めば霊として存在し続けることは出来る。

 その霊を転生者が吸収するなんてことは、普通はしない。

 そんなことをすれば、残りたい気持ちが強い前世の人格に、身体を支配されてしまうから。

 モチ(エカ)、カジュ(ローズ)、リユ(エア)は、それを承知の上で前世の霊を体内に取り込み、肉体の支配権を渡している。


『俺は、ルルのいない世界で生きるつもりは無いから、霊のままでいるのに』

「俺は、前世を思い出さなくても家族として受け入れてもらえると思っていたから、この世界に残ったのに」

『アズに逢いたくなったら、ここに来ればいつでも逢えるのにね』


 アズと俺は、それぞれ溜息をついた。

 ルルの表情は、亡くした我が子を求めるセレスト家の人々を、憐れむような感じがする。


『私なら、愛する子が生まれ変わって別人になったとしても、同じくらい愛してあげるのに』

「ルルの子供は、当代の魔王だよね?」


 当代の魔王がどこの誰か、何ていう名前なのか、俺は知らない。


「なんで俺、というかアズの魂に、異世界転移すると死ぬとかいう、呪いをかけたんだろう?」

「誰が呪いなんて言った?」


 ルルに教えてもらおうとしたその時、いきなり後ろから声をかけられた。

 驚いて振り返ったら、そこには俺が知っている人がいた。

 但し、俺が知ってるその人とは、なんか雰囲気が違う。


「詩川先生?!」

「……久しぶりに里帰りしてみれば……。お前、魂どこにやった?!」


 そこにいたのは、魔工学部の教師になっている、詩川先生。

 日本では、同じATP事業部で働く社員だった人。

 彼は、いつもは甲高い声でオエネっぽい口調なのに、今は野太い声で男性の喋り方だ。


「それに何その身体? 誰が創った?!」

「っていうか、詩川先生、何者?」


 詩川先生、この身体が創られたものだと、何故分かるんだろう?

 しかも、なんか怒ってる?!

 闇のオーラ纏うラスボスみたいな詩川先生の圧を感じ、俺は少々後退した。


 が……


「あらルイ、お帰り」

「ただいま、母さん♥」


 ……緊迫感の無いルルと、コロッと変わる詩川先生の態度に、俺はズッコケた。


 その会話で、俺は詩川先生の正体を察する。

 つまり、ATP事業部の従業員765名を、一斉に異世界転移させた犯人まおうは、詩川先生ってこと。

 俺(アズの魂を持つ者)が異世界へ行くと死亡してナーゴに強制転生させられるのは、この人の力ってこと。


 でも、なんで?


 この際だ、詩川先生まおうに事情を訊こう。




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