「詩川先生、聞きたいことがあります」
母親らしいルルと和気あいあいとしているところを、邪魔するのは少々申し訳ないけれど。
俺は当代の魔王・詩川琉生に質問を投げかけた。
「その前に、なんで魂の無い人形みたいな身体になってるのか聞きたいけど?」
ちょっと不機嫌そうな詩川先生が、先に情報をよこせと言う。
いつものオネエ言葉じゃないから、別人のように感じる。
この人は、本当に詩川先生か?
「異世界へ遊びに行ったら、謎の力が発動して死にかけたからですよ」
「?!」
俺の発言に、詩川先生はギョッとした様子だ。
もしかして、想定外だったとか?
「神様に訊いたら、魔王の力でナーゴに縛られているせいで、他の世界へ行くと死亡するんだと言われました」
俺の話を聞きながら、詩川先生の顔は冷水を浴びたように青ざめていった。
まさか、呪いをかけた本人にその自覚が無かったとか?
「でも俺は異世界に行きたかったから、異世界の神様にこの身体を創ってもらったんです。魂は異世界へ持っていけないから、本来の身体の中に置いてきました」
さっきまでの怒りはどこへやら、詩川先生は呆然としている。
逆に俺は、自分を面倒くさい境遇にした相手が目の前にいると思うと、少し腹が立った。
「……本来の身体は、何処に?」
「言うわけないでしょう。殺されるかもしれないのに」
普通の人間ならブチ切れるところだけど、俺は冷静だった。
これは【完全回避】の副作用みたいなもので、平常心を失うことを避けるために、感情がセーブされるんだ。
でも、落ち着いた口調で言う方が、詩川先生には鋭く刺さったのかもしれない。
『ルイは、そんなことはしないわ』
黙ってしまった息子に代わって、母親のルルが言う。
『私には分かる。ルイは、神様の命令でナーゴから出たアズの魂を、元の世界へ帰してあげたかったのよ』
『そういえば、俺の死に立ち会った時に、必ずナーゴに帰すと言っていたな』
ルルに続いて、アズが生前のことを話してくれた。
詩川先生は黙ったままだけど、2人の話から何が目的かは分かった。
「……つまり、彼も【アズ】
アズールの血縁者は、どいつもこいつも前世しか見ていない。
現世の人間の気持ちなんて、分かりもしないんだろう。
「悪いけど」
俺は大きな溜息をつくと、空間移動の力を起動する。
もう、彼に用は無い。
「俺はまだ生きていたいから。寿命が尽きるまで、魂は渡しません」
「待っ……」
詩川先生が呼び止めようとする声が聞こえたけど、俺は構わず移動した。
移動先は、世界樹の根元。
◇◆◇◆◇
世界樹の根元に移動すると、都合良くエカたちが来ていた。
30分くらいで戻るとか言ってた俺が翌朝になっても戻らないから、神様に訊きに来たらしい。
「えっ?!」
「なに?!」
「なんで?!」
赤毛の一家が、現れた俺を見て驚愕する。
エカはその腕に抱いている俺の本体と、コピー体の俺とを見比べると、鼻の穴広げて真顔になった。
「あ~、ドッペルゲンガーじゃないから安心して」
「ドッペルゲンガーじゃなくても安心出来ないけど」
俺が苦笑して言ったら、変顔のエカのツッコミが入る。
その後すぐ、現れた神様とエカたちに、当代魔王について報告した。
当代魔王・詩川琉生は、父親であるアズの魂をナーゴに帰すために、討伐対象の蛇将軍を含む765名の異世界転移を実行した。
その際に彼は、アズの魂がまた他所へ飛ばされないように、ナーゴ縛りの力を仕込んだのだろう。
俺の本体が異世界転移すると死亡する【呪い】は、その縛りの影響だ。
「俺は、ナーゴに縛られるなんて嫌だ」
隠すのはやめて、俺は正直に告げる。
エカが悲しそうな顔をするけど、構わず話す。
「家族になってくれる子と出会ったから、エルティシアで暮らしたい」
エルティシアには、
俺の中で、カリンはセレスト家よりも近い存在になっていた。
「エカの魔族討伐の時は戻って来るから。それで許してくれないかな?」
「どうしても、あっちがいいんだな?」
「うん。俺は俺として生きたいから」
そんな会話の後、エカは抱えている俺の本体から特殊転移の腕輪をはずして、俺に差し出した。
以前、瀕死になったエカを助けに行くために、俺が使った魔道具。
装備一式コピーしてもらったけど、その腕輪だけは無かった。
さすがにエルティシアからは飛んでこれないけど、それがあればナーゴ内ならどこでも互いに転移可能だ。
「これが今月の魔族討伐日程表。手伝いに来てくれるのなら持っとけ」
「OK」
エカは
受け取ったメモには、魔族討伐の予定日と場所が書いてあった。
「俺の本体、世界樹の中に隠しといて。今後は
「そうか、お前が2人もいたら父さんや母さんが混乱するからな」
「セレスト家には、いずれお詫びに伺うよ」
「詫びる必要は無いけど、顔くらい見せてやってくれ」
「わかった」
そんな会話を交わしたら、俺もエカも吹っ切れた感じがした。
エカもソナもリヤンも、今回は俺のエルティシア行きに反対しない。
俺が安らげる本当の居場所へ、向かおうとしているのが分かったからかもしれない。