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第39話:魔王の事情

「詩川先生、聞きたいことがあります」


 母親らしいルルと和気あいあいとしているところを、邪魔するのは少々申し訳ないけれど。

 俺は当代の魔王・詩川琉生に質問を投げかけた。


「その前に、なんで魂の無い人形みたいな身体になってるのか聞きたいけど?」


 ちょっと不機嫌そうな詩川先生が、先に情報をよこせと言う。

 いつものオネエ言葉じゃないから、別人のように感じる。

 この人は、本当に詩川先生か?


「異世界へ遊びに行ったら、謎の力が発動して死にかけたからですよ」

「?!」


 俺の発言に、詩川先生はギョッとした様子だ。

 もしかして、想定外だったとか?


「神様に訊いたら、魔王の力でナーゴに縛られているせいで、他の世界へ行くと死亡するんだと言われました」


 俺の話を聞きながら、詩川先生の顔は冷水を浴びたように青ざめていった。

 まさか、呪いをかけた本人にその自覚が無かったとか?


「でも俺は異世界に行きたかったから、異世界の神様にこの身体を創ってもらったんです。魂は異世界へ持っていけないから、本来の身体の中に置いてきました」


 さっきまでの怒りはどこへやら、詩川先生は呆然としている。

 逆に俺は、自分を面倒くさい境遇にした相手が目の前にいると思うと、少し腹が立った。


「……本来の身体は、何処に?」

「言うわけないでしょう。殺されるかもしれないのに」


 普通の人間ならブチ切れるところだけど、俺は冷静だった。

 これは【完全回避】の副作用みたいなもので、平常心を失うことを避けるために、感情がセーブされるんだ。

 でも、落ち着いた口調で言う方が、詩川先生には鋭く刺さったのかもしれない。


『ルイは、そんなことはしないわ』


 黙ってしまった息子に代わって、母親のルルが言う。


『私には分かる。ルイは、神様の命令でナーゴから出たアズの魂を、元の世界へ帰してあげたかったのよ』

『そういえば、俺の死に立ち会った時に、必ずナーゴに帰すと言っていたな』


 ルルに続いて、アズが生前のことを話してくれた。

 詩川先生は黙ったままだけど、2人の話から何が目的かは分かった。


「……つまり、彼も【アズ】が必要なんだね」


 アズールの血縁者は、どいつもこいつも前世しか見ていない。

 現世の人間の気持ちなんて、分かりもしないんだろう。


「悪いけど」


 俺は大きな溜息をつくと、空間移動の力を起動する。

 もう、彼に用は無い。


「俺はまだ生きていたいから。寿命が尽きるまで、魂は渡しません」

「待っ……」


 詩川先生が呼び止めようとする声が聞こえたけど、俺は構わず移動した。

 移動先は、世界樹の根元。

 創造神かみさまに、当代魔王とのやりとりを報告に行こう。



 ◇◆◇◆◇



 世界樹の根元に移動すると、都合良くエカたちが来ていた。

 30分くらいで戻るとか言ってた俺が翌朝になっても戻らないから、神様に訊きに来たらしい。


「えっ?!」

「なに?!」

「なんで?!」


 赤毛の一家が、現れた俺を見て驚愕する。

 エカはその腕に抱いている俺の本体と、コピー体の俺とを見比べると、鼻の穴広げて真顔になった。


「あ~、ドッペルゲンガーじゃないから安心して」

「ドッペルゲンガーじゃなくても安心出来ないけど」


 俺が苦笑して言ったら、変顔のエカのツッコミが入る。

 その後すぐ、現れた神様とエカたちに、当代魔王について報告した。


 当代魔王・詩川琉生は、父親であるアズの魂をナーゴに帰すために、討伐対象の蛇将軍を含む765名の異世界転移を実行した。

 その際に彼は、アズの魂がまた他所へ飛ばされないように、ナーゴ縛りの力を仕込んだのだろう。

 俺の本体が異世界転移すると死亡する【呪い】は、その縛りの影響だ。


「俺は、ナーゴに縛られるなんて嫌だ」


 隠すのはやめて、俺は正直に告げる。

 エカが悲しそうな顔をするけど、構わず話す。


「家族になってくれる子と出会ったから、エルティシアで暮らしたい」


 エルティシアには、前世アズではなく俺を必要と言ってくれた、たった1人の少女がいる。

 俺の中で、カリンはセレスト家よりも近い存在になっていた。


「エカの魔族討伐の時は戻って来るから。それで許してくれないかな?」

「どうしても、あっちがいいんだな?」

「うん。俺は俺として生きたいから」


 そんな会話の後、エカは抱えている俺の本体から特殊転移の腕輪をはずして、俺に差し出した。

 以前、瀕死になったエカを助けに行くために、俺が使った魔道具。

 装備一式コピーしてもらったけど、その腕輪だけは無かった。

 さすがにエルティシアからは飛んでこれないけど、それがあればナーゴ内ならどこでも互いに転移可能だ。


「これが今月の魔族討伐日程表。手伝いに来てくれるのなら持っとけ」

「OK」


 エカは異空間倉庫ストレージから紙と羽根ペンを取り出して、サラサラとメモを書くと俺に差し出す。

 受け取ったメモには、魔族討伐の予定日と場所が書いてあった。


「俺の本体、世界樹の中に隠しといて。今後はコピー体こっちを使うから」

「そうか、お前が2人もいたら父さんや母さんが混乱するからな」

「セレスト家には、いずれお詫びに伺うよ」

「詫びる必要は無いけど、顔くらい見せてやってくれ」

「わかった」


 そんな会話を交わしたら、俺もエカも吹っ切れた感じがした。

 エカもソナもリヤンも、今回は俺のエルティシア行きに反対しない。

 俺が安らげる本当の居場所へ、向かおうとしているのが分かったからかもしれない。





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