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第43話:魔族転生の術

 魔族への転生は、世界樹の民への敵対を意味する。

 詩川琉生は、魔族転生の秘術を使用したらしい。

 協力したのは、蛇将軍だろうか?

 ルルから魔法陣の情報を得た俺は、禁書閲覧室へ空間移動した。


「魔族に転生する魔法陣?!」


 俺から話を聞いたタマは、禁書には無かった情報に驚いていた。


「魔族に関する情報は少ない。禁書に書き留めておこう」


 と言って、タマは黒い毛皮に覆われた猫の片手で、空中から羽根ペンを取り出した。

 更にもう片方の手で、【魔族のひみつ】というタイトルの本を棚から引っ張り出して、白紙のページにサラサラと書き込む。

 医学部で撮影され、俺がタマに見せた画像が、同ページの空欄に浮かび上がった。


「ここの禁書は、タマが書いていたの?」

「ううん、色んな人が書いたものだよ。今回みたいに新しい情報を得たときだけ、こうして追記しているんだ」


 俺もカリンも、タマが禁書管理人としての力を使うところを初めて見た。

 既存の禁書に無い情報が入ると、タマが書き込みをするらしい。


「イオ、世界樹の里へ報せに行って。黒い果実の種が、新たな災厄となる、って」

「分った。神様と長老様に伝えてくる」

「エカにも報せた方がいい。今この世界で、魔王を斃せる唯一の人だから」


 タマの言葉に俺は頷いて、世界樹の森へ空間移動した。

 エカがもつ爆裂魔法だけが、将軍クラス以上の魔族と魔王を斃せる。

 でも、彼に【アズの息子】を殺すことが出来るのだろうか?



 ◇◆◇◆◇



『そうか。種が芽吹いてしまったか』


 俺の報告を受けた創造神かみさまの呟きは、想定内のことが起きたというような反応だった。

 世界樹の根元、神様との交信の場には、俺の報告を受けた長老に呼び出された里の人々が集まっている。

 エカたち一家や、セレスト夫妻も来ていた。


 セレスト家の人々は、詩川琉生と交流があったらしい。

 生前のアズが当時高校生の【ルイ】を息子だと言って家に連れて来たことがあり、エカの息子リヤンが生まれた頃にも、お祝いに来ていたという。

 アズの死後は来なくなったそうだけど、彼らにとって身内であることに変わりはなかった。


『魔族、それも魔王となれば、誕生は世界の滅びに繋がる』


 神様の言葉を、セレスト家の人々は悲痛な面持ちで聞いている。

 それに続く言葉が何か、彼らは知っているから。


『モチ・エカルラート・セレストよ、魔族転生した者を斃せ』


 その言葉に、エカが俯いたままビクッと肩を震わせる。

 エカは、すぐには返事が出来なかった。


『魔族転生によって彼の者は人であった頃の記憶を失い、魔族の本能のままに猫人たちを襲うであろう』


 諭すように、神様が言う。

 でも、エカは知っている。

 かつて、魔王として生まれながら、世界を滅ぼさなかった者がいたことを。


「……説得を、試みてもよろしいでしょうか?」


 しばしの沈黙の後、エカは問いかけた。

 相手に、前世の記憶がある可能性を考えたのかもしれない。

 エカのように指輪などに記憶と心を保存していれば、転生した身体で前世の記憶を得られるから。


『許可しよう』

「ありがとうございます」


 神様の答えに、エカは深々と頭を下げた。

 セレスト家の人々も、ホッとした様子で表情を僅かに緩める。


『魔王の誕生ならば、魔族や魔物を生み出す【魔王の心臓】も出現しているであろう。ナジャよ、その探索はそなた等に任せよう』

「承知しましたニャ。隠密たちに探してもらうニャン」


 神様の言葉に、ナジャ学園長が答えた。

 アサケ王家は世界樹の民と交流があり、有事の際には協力している。

 王太子でもある三毛猫学園長も、この場に呼ばれて来ていた。


『イオよ、そなたは本来の身体に戻りなさい。詩川琉生の死により、ナーゴ縛りの力は消えている。もう異世界転移で死亡することは無い』


 最後に、神様は俺にそう告げた。

 呪いが解けたことは良いけれど、それが術者の死によるものだと思うと、複雑な気持ちになる。

 とはいえ、本体ごと世界樹の中に入れっぱなしの召喚獣ベノワが、そろそろイジケてそうだから出してあげた方がいいだろう。


「では、今度はこのコピー体を預かってもらえますか?」

『よかろう。入れ替えをするゆえ、世界樹の中に入りなさい』


 神様に言われ、俺は世界樹の幹に手を触れて、中へ吸い込まれた。

 太い枝の上にある緑の球体の中には、ルルとアズの遺体と、俺の本体が寝かされていた。


(エカ、なんで川の字にしてるんだよ……)


 俺の本体は3人並んで横たえられた真ん中に置かれている。

 まるでルルとアズの子供みたいな配置で置いたのは、ここへ運んだエカの仕業だ。


『記憶と心を移し替えてもよいか?』

「はい、お願いします」


 神様に問われ、俺はルルの隣、本体の反対側に身体を横たえて答えた。

 身体の入れ替えは、ほんの一瞬で終わる。

 目を開けて起き上がった俺は、ルルとアズの間から抜け出した。

 久しぶりに戻った自分の身体は、わずかに違和感がある。


『コピー体には時の封印ルタンアレテをかけておこう。本来の身体にかかっている魔法を解きなさい』


 神様に言われて、この身体の生命活動が魔法で止められていることに気付いた。

 この魔法の解除方法は、翔から習ったので知っている。

 俺は片手を胸に、心臓がある辺りに当てた。


封印解除ブリゼイ


 念話で解除言語を言った直後、魔法で止まっていた生命の時が動き出した。




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