魔族への転生は、世界樹の民への敵対を意味する。
詩川琉生は、魔族転生の秘術を使用したらしい。
協力したのは、蛇将軍だろうか?
ルルから魔法陣の情報を得た俺は、禁書閲覧室へ空間移動した。
「魔族に転生する魔法陣?!」
俺から話を聞いたタマは、禁書には無かった情報に驚いていた。
「魔族に関する情報は少ない。禁書に書き留めておこう」
と言って、タマは黒い毛皮に覆われた猫の片手で、空中から羽根ペンを取り出した。
更にもう片方の手で、【魔族のひみつ】というタイトルの本を棚から引っ張り出して、白紙のページにサラサラと書き込む。
医学部で撮影され、俺がタマに見せた画像が、同ページの空欄に浮かび上がった。
「ここの禁書は、タマが書いていたの?」
「ううん、色んな人が書いたものだよ。今回みたいに新しい情報を得たときだけ、こうして追記しているんだ」
俺もカリンも、タマが禁書管理人としての力を使うところを初めて見た。
既存の禁書に無い情報が入ると、タマが書き込みをするらしい。
「イオ、世界樹の里へ報せに行って。黒い果実の種が、新たな災厄となる、って」
「分った。神様と長老様に伝えてくる」
「エカにも報せた方がいい。今この世界で、魔王を斃せる唯一の人だから」
タマの言葉に俺は頷いて、世界樹の森へ空間移動した。
エカがもつ爆裂魔法だけが、将軍クラス以上の魔族と魔王を斃せる。
でも、彼に【アズの息子】を殺すことが出来るのだろうか?
◇◆◇◆◇
『そうか。種が芽吹いてしまったか』
俺の報告を受けた
世界樹の根元、神様との交信の場には、俺の報告を受けた長老に呼び出された里の人々が集まっている。
エカたち一家や、セレスト夫妻も来ていた。
セレスト家の人々は、詩川琉生と交流があったらしい。
生前のアズが当時高校生の【ルイ】を息子だと言って家に連れて来たことがあり、エカの息子リヤンが生まれた頃にも、お祝いに来ていたという。
アズの死後は来なくなったそうだけど、彼らにとって身内であることに変わりはなかった。
『魔族、それも魔王となれば、誕生は世界の滅びに繋がる』
神様の言葉を、セレスト家の人々は悲痛な面持ちで聞いている。
それに続く言葉が何か、彼らは知っているから。
『モチ・エカルラート・セレストよ、魔族転生した者を斃せ』
その言葉に、エカが俯いたままビクッと肩を震わせる。
エカは、すぐには返事が出来なかった。
『魔族転生によって彼の者は人であった頃の記憶を失い、魔族の本能のままに猫人たちを襲うであろう』
諭すように、神様が言う。
でも、エカは知っている。
かつて、魔王として生まれながら、世界を滅ぼさなかった者がいたことを。
「……説得を、試みてもよろしいでしょうか?」
しばしの沈黙の後、エカは問いかけた。
相手に、前世の記憶がある可能性を考えたのかもしれない。
エカのように指輪などに記憶と心を保存していれば、転生した身体で前世の記憶を得られるから。
『許可しよう』
「ありがとうございます」
神様の答えに、エカは深々と頭を下げた。
セレスト家の人々も、ホッとした様子で表情を僅かに緩める。
『魔王の誕生ならば、魔族や魔物を生み出す【魔王の心臓】も出現しているであろう。ナジャよ、その探索はそなた等に任せよう』
「承知しましたニャ。隠密たちに探してもらうニャン」
神様の言葉に、ナジャ学園長が答えた。
アサケ王家は世界樹の民と交流があり、有事の際には協力している。
王太子でもある三毛猫学園長も、この場に呼ばれて来ていた。
『イオよ、そなたは本来の身体に戻りなさい。詩川琉生の死により、ナーゴ縛りの力は消えている。もう異世界転移で死亡することは無い』
最後に、神様は俺にそう告げた。
呪いが解けたことは良いけれど、それが術者の死によるものだと思うと、複雑な気持ちになる。
とはいえ、本体ごと世界樹の中に入れっぱなしの召喚獣ベノワが、そろそろイジケてそうだから出してあげた方がいいだろう。
「では、今度はこのコピー体を預かってもらえますか?」
『よかろう。入れ替えをするゆえ、世界樹の中に入りなさい』
神様に言われ、俺は世界樹の幹に手を触れて、中へ吸い込まれた。
太い枝の上にある緑の球体の中には、ルルとアズの遺体と、俺の本体が寝かされていた。
(エカ、なんで川の字にしてるんだよ……)
俺の本体は3人並んで横たえられた真ん中に置かれている。
まるでルルとアズの子供みたいな配置で置いたのは、ここへ運んだエカの仕業だ。
『記憶と心を移し替えてもよいか?』
「はい、お願いします」
神様に問われ、俺はルルの隣、本体の反対側に身体を横たえて答えた。
身体の入れ替えは、ほんの一瞬で終わる。
目を開けて起き上がった俺は、ルルとアズの間から抜け出した。
久しぶりに戻った自分の身体は、わずかに違和感がある。
『コピー体には
神様に言われて、この身体の生命活動が魔法で止められていることに気付いた。
この魔法の解除方法は、翔から習ったので知っている。
俺は片手を胸に、心臓がある辺りに当てた。
『
念話で解除言語を言った直後、魔法で止まっていた生命の時が動き出した。