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第42話:消えた教師

 その日の図書館は、やけに人が多かった。

 アサケ学園の図書館は、本棚が放射状に並ぶ中心に、一般閲覧コーナーがある。

 円形に並べられた閲覧席、その全てが埋まっているなんて初めて見たよ。

 その中には、顔見知りの日本人も混じっていた。


「あれ? 江藤?」


 日本人転移者・江藤。

 765名一斉異世界転移に巻き込まれ、子供の姿に若返った1人。

 その後、魔導具作りの楽しさに目覚め、今もアサケ学園の魔工学部に在籍している。


「授業はどうした?」

「それが、詩川先生が急に辞めちゃって、代わりの先生がくるまで自習になったんだよ」


 なんと、詩川先生が退職したらしい。

 しかも、後任の引き継ぎとか何も無しで。

 随分と無責任だなぁ。

 って思っていたところに、白衣を着た医学部の生徒が、物凄い勢いで駆け込んで来る。

 勢いよく扉が開く音に、館内にいた生徒たちが一斉に振り返った。


「シッ、図書館では静かに」

「江藤! ちょっと来て!」


 出入口付近のカウンター席にいる司書が注意するけど、慌てているのか全く聞こえていない様子。

 江藤は、その生徒に何処かへ連れ去られてしまった。

 医学部の生徒が魔工学部の生徒を呼びに来るのは、大体が機材の修理関係だ。

 江藤は魔工学部の中で、修理の腕は詩川先生を除けば学園一と言われている。


「なんか、尋常じゃない慌てっぷりだったなぁ」

「まさか、誰か何かやらかして、大型機材が暴走したとか?」


 残された生徒たちは、小声でそんなことを言い合う。

 本棚の間の通路にいたカリンと俺も、医学部の重要な機材が壊れたのかな? くらいに思っていたけれど。

 しばらくして戻って来た江藤は、何か強い精神的ショックを受けたように、半ば放心状態で青ざめていた。


「どうした?」

「なにがあった?」


 ただ事ではないと感じて集まる人々に、彼は呟くようにポツリと答える。


「……詩川先生……亡くなった……」


 その言葉に、集まった生徒たちも俺も、一瞬耳を疑った。

 江藤が呼ばれた理由は、機材の修理のためではなく、遺体の確認のためだったんだ。


 詩川琉生、死去。

 遺体はまるで何かの儀式のように、魔法陣の真ん中に寝かされていたという。

 抵抗した様子は無く、身体の自由を奪う薬や魔法の痕跡も無いので、本人の同意の上ではないかと推測されている。

 遺体の胸には穴が開き、心臓は抜き取られて無くなっていた。

 死後24時間が経過していたらしく、魔法も薬も不死鳥も、彼を蘇生することは出来なかった。


 この不自然な死に、ナジャ学園長はOB冒険者たちに依頼を出し、調査を開始した。

 卒業してないけど、禁書が読める俺とカリンにも調査の依頼が入っている。


「何がしたかったんだと思う?」

「魔法陣の上に死体なんて、どう見ても生贄よね?」

「何か嫌な予感がするよ」


 禁書閲覧室で、俺とカリンとタマは、魔法陣関連の書物を調べつつ、そんなことを話した。

 調査のために俺は詩川先生の研究室に入ってみたんだけど、そこに拘束されている筈の魔族がいない。

 詩川先生には、蛇将軍と呼ばれる魔族が、拘束具つきで預けられていたんだけど。

 その魔族がいなくなり、拘束していた生物が枯草のようになって床に落ちている。

 犯人は蛇将軍だろうか?


「2人は本を調べてて。俺はちょっとルルに聞いてくる」


 俺はカリンとタマに禁書の情報を調べてもらいつつ、1人でアサギリ島へ空間移動した。

 息子(の転生者)の死を伝えると、ルルは大粒の涙を零して泣いた。

 アズは取り乱してはいなかったけれど、悲しげに目を伏せている。


『ルイ……まだ生きていられたのに……』


 2人の子供は、前世では胎児の頃に、現世では地球人としての寿命半ばで逝ってしまった。

 俺は彼を血縁者とは思ってないけど、会社や学園での知り合いとして、その死を悼む気持ちはある。


 だけどその前に、解決しなきゃいけない謎があった。

 まずは、最後に見た詩川先生の喋り方が、いつもと全然違ってたこと。


「この前ここで会った詩川先生は、いつもと喋り方が違ったんだけど、ルルたちはそのワケを知ってる?」

『え? 私が知っているルイはいつもあの喋り方よ』


 喋り方は、親の前と他人の前で変えていただけだろうか。

 少なくともルルたちにとってはあれが日常の話し方らしい。


「ルル、もしも分かるなら教えてほしい。この魔法陣は何?」


 続いて俺はルルに、発見直後に撮影された現場の画像を見せた。

 何の術が使われたのか調べるために、俺は医学部の担任から、現場の様子を魔導具で撮影した画像を貰っている。

 心臓を抜き取られた息子の遺体を、ルルに見せるのは申し訳ないけれど。


『これは……魔族転生の術……』


 ルルはすぐに、それが何か分った。

 それは過去に、彼女も使ったことがある術らしい。


『異世界人に転生した後、魔族に戻る際に使うものよ。記憶は失う代わりに、能力が上がるの。私が使った時は、小さな魔法陣を自分の胸に書いたけど』


 ルルはまだ魔王だった頃に、ある目的のために日本人に転生して、魔族に戻るためにその術を使った。

 しかし、その魔族転生は神様の干渉を受け、雪狼スノーウルフに転生させられたらしい。

 その雪狼スノーウルフの子供時代に母狼に育児放棄され、アズに拾われたのが2人の出会いだったそうだ。


『その術を使ったのなら、今頃もうどこかに生まれている筈よ』

「つまり詩川先生は、魔族になったということだね」

『そしてそれは、世界樹の民に敵対することを意味する』


 ルルと俺の会話に、今まで黙っていたアズが加わる。

 詩川先生は、魔族に生まれ変わっているのか?

 でも一体何のために、死亡してまで魔族に変わったんだろう?



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