その日の図書館は、やけに人が多かった。
アサケ学園の図書館は、本棚が放射状に並ぶ中心に、一般閲覧コーナーがある。
円形に並べられた閲覧席、その全てが埋まっているなんて初めて見たよ。
その中には、顔見知りの日本人も混じっていた。
「あれ? 江藤?」
日本人転移者・江藤。
765名一斉異世界転移に巻き込まれ、子供の姿に若返った1人。
その後、魔導具作りの楽しさに目覚め、今もアサケ学園の魔工学部に在籍している。
「授業はどうした?」
「それが、詩川先生が急に辞めちゃって、代わりの先生がくるまで自習になったんだよ」
なんと、詩川先生が退職したらしい。
しかも、後任の引き継ぎとか何も無しで。
随分と無責任だなぁ。
って思っていたところに、白衣を着た医学部の生徒が、物凄い勢いで駆け込んで来る。
勢いよく扉が開く音に、館内にいた生徒たちが一斉に振り返った。
「シッ、図書館では静かに」
「江藤! ちょっと来て!」
出入口付近のカウンター席にいる司書が注意するけど、慌てているのか全く聞こえていない様子。
江藤は、その生徒に何処かへ連れ去られてしまった。
医学部の生徒が魔工学部の生徒を呼びに来るのは、大体が機材の修理関係だ。
江藤は魔工学部の中で、修理の腕は詩川先生を除けば学園一と言われている。
「なんか、尋常じゃない慌てっぷりだったなぁ」
「まさか、誰か何かやらかして、大型機材が暴走したとか?」
残された生徒たちは、小声でそんなことを言い合う。
本棚の間の通路にいたカリンと俺も、医学部の重要な機材が壊れたのかな? くらいに思っていたけれど。
しばらくして戻って来た江藤は、何か強い精神的ショックを受けたように、半ば放心状態で青ざめていた。
「どうした?」
「なにがあった?」
ただ事ではないと感じて集まる人々に、彼は呟くようにポツリと答える。
「……詩川先生……亡くなった……」
その言葉に、集まった生徒たちも俺も、一瞬耳を疑った。
江藤が呼ばれた理由は、機材の修理のためではなく、遺体の確認のためだったんだ。
詩川琉生、死去。
遺体はまるで何かの儀式のように、魔法陣の真ん中に寝かされていたという。
抵抗した様子は無く、身体の自由を奪う薬や魔法の痕跡も無いので、本人の同意の上ではないかと推測されている。
遺体の胸には穴が開き、心臓は抜き取られて無くなっていた。
死後24時間が経過していたらしく、魔法も薬も不死鳥も、彼を蘇生することは出来なかった。
この不自然な死に、ナジャ学園長はOB冒険者たちに依頼を出し、調査を開始した。
卒業してないけど、禁書が読める俺とカリンにも調査の依頼が入っている。
「何がしたかったんだと思う?」
「魔法陣の上に死体なんて、どう見ても生贄よね?」
「何か嫌な予感がするよ」
禁書閲覧室で、俺とカリンとタマは、魔法陣関連の書物を調べつつ、そんなことを話した。
調査のために俺は詩川先生の研究室に入ってみたんだけど、そこに拘束されている筈の魔族がいない。
詩川先生には、蛇将軍と呼ばれる魔族が、拘束具つきで預けられていたんだけど。
その魔族がいなくなり、拘束していた生物が枯草のようになって床に落ちている。
犯人は蛇将軍だろうか?
「2人は本を調べてて。俺はちょっとルルに聞いてくる」
俺はカリンとタマに禁書の情報を調べてもらいつつ、1人でアサギリ島へ空間移動した。
息子(の転生者)の死を伝えると、ルルは大粒の涙を零して泣いた。
アズは取り乱してはいなかったけれど、悲しげに目を伏せている。
『ルイ……まだ生きていられたのに……』
2人の子供は、前世では胎児の頃に、現世では地球人としての寿命半ばで逝ってしまった。
俺は彼を血縁者とは思ってないけど、会社や学園での知り合いとして、その死を悼む気持ちはある。
だけどその前に、解決しなきゃいけない謎があった。
まずは、最後に見た詩川先生の喋り方が、いつもと全然違ってたこと。
「この前ここで会った詩川先生は、いつもと喋り方が違ったんだけど、ルルたちはそのワケを知ってる?」
『え? 私が知っているルイはいつもあの喋り方よ』
喋り方は、親の前と他人の前で変えていただけだろうか。
少なくともルルたちにとってはあれが日常の話し方らしい。
「ルル、もしも分かるなら教えてほしい。この魔法陣は何?」
続いて俺はルルに、発見直後に撮影された現場の画像を見せた。
何の術が使われたのか調べるために、俺は医学部の担任から、現場の様子を魔導具で撮影した画像を貰っている。
心臓を抜き取られた息子の遺体を、ルルに見せるのは申し訳ないけれど。
『これは……魔族転生の術……』
ルルはすぐに、それが何か分った。
それは過去に、彼女も使ったことがある術らしい。
『異世界人に転生した後、魔族に戻る際に使うものよ。記憶は失う代わりに、能力が上がるの。私が使った時は、小さな魔法陣を自分の胸に書いたけど』
ルルはまだ魔王だった頃に、ある目的のために日本人に転生して、魔族に戻るためにその術を使った。
しかし、その魔族転生は神様の干渉を受け、
その
『その術を使ったのなら、今頃もうどこかに生まれている筈よ』
「つまり詩川先生は、魔族になったということだね」
『そしてそれは、世界樹の民に敵対することを意味する』
ルルと俺の会話に、今まで黙っていたアズが加わる。
詩川先生は、魔族に生まれ変わっているのか?
でも一体何のために、死亡してまで魔族に変わったんだろう?