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第41話:アスカ王国の歌姫

 日本にいた頃は、小柄で可愛い容姿と声を持ちながら、たまに辛辣な発言をするのでイメージ台無しだった女の子カジュ。

 765名の一斉異世界転移でナーゴに飛ばされて、そこが前世で住んでいた場所だと知って居残りを決めた1人だ。

 彼女の人格は、アスカ王国の時計台に宿っていた前世の霊を体内に取り込み、身体の支配権を渡して深層意識へ沈んでいった。


 前世の呼び名「ローズ」を名乗るようになった彼女は、高く澄んだソプラノボイスを響かせる、アスカ王国の歌姫に戻っている。

 彼女の歌声には怪我や病気を癒す、優れたヒーリング効果があった。

 アスカ王国ではこれまでに多くの人が命を救われ、ローズは聖女としても慕われている。


 演劇や音楽が盛んな国、アスカ王国には複数の劇場がある。

 その中でも最も大きなコンサート会場で、ローズは伸びやかな歌声で人々を魅了した。

 ローズが歌う時には、大時計台のスピーカーに似た魔道具からも音声が流れる。

 それによって街の全域に歌声が響き、病で寝込んでいる人々も癒すことが出来るそうだよ。


 数曲続けて歌った後、ローズは舞台袖に下がって休憩に入った。

 この後1時間ほど休憩して、午後のステージが始まるらしい。


「お疲れ様。はいこれ、エルティシアの花と果物だよ」

「はじめまして。喉にいい蜂蜜ドリンクもどうぞ」


 舞台裏の楽屋。

 俺とカリンは差し入れを持って、ローズに会いに行った。


「ありがとう! イオはすっかり表情が明るくなったね」

「うん、言われたのはローズで3人目だよ」


 タマ、エアに続いてローズにまで言われる。

 以前の俺はそんなに暗かったのか?


「それで、その変化のワケは、隣の彼女ね?」

「うん。カリンがいてくれるから、俺は俺でいられるよ」


 ローズが微笑みながら見る先、俺の隣には、愛歌鳥ルベライトのユズに懐かれたカリンがいた。

 愛歌鳥は解毒と回復の力を持つ召喚獣であると同時に、愛を司る神鳥でもある。

 そのユズがスリスリと頭をすり寄せるので、カリンが情の深い子だと分かるみたいだ。


「カリン、イオをよろしくね」

「はい。我が子のように愛情を注ぐので、安心して下さいね」

「我が子……?」


 カリンに微笑みかけたローズは、笑顔で答えるカリンの言葉にキョトンとする。

 そりゃそうだよね。

 見た目は6歳、中身は20歳の男を、我が子のようにって言う6歳少女がそこにいるんだから。

 俺はカリンに実年齢を明かしているけれど、年齢は関係ないと言い切られて現在に至る。



 休憩後。

 後半のステージでお客さんを舞台に上げる場面で、ローズはカリンを選んだ。

 普通の子供なら緊張してガチガチに固まるけど、カリンは誇らしげに堂々と歩いてステージに上がる。

 カリンの歌唱力はローズに近いものがあり、人々に驚きと感動をもたらした。


 ローズと手を繋ぎ、カリンが一緒に歌うのは、世界樹の民に伝わる古代の歌。

 遠い昔、猫人を愛した世界樹の民が、先に逝ってしまった恋人を想うラブソングだった。


 白き民と猫人の寿命は同じくらい。

 カリンもいずれは先に寿命が尽きて、俺を置いて逝ってしまう。

 時の封印ルタンアレテを使っていいかどうかは、まだ聞いていない。



 午後のステージが終わり、俺とカリンは大時計台に登って、展望用のテラスから夕日を眺めた。

 白夜が続く地域に生まれ育ったカリンは、日没を見るのは初めてだ。


「綺麗……。この世界では、海に太陽が吸い込まれていくのね」


 空と海の狭間を見つめて、カリンが呟いた。

 夕焼けが広がる空と、水平線に沈む太陽。

 ラーナ王国では見られない、日没が生み出す空の芸術だ。


「今度来る時は、朝日を見せてあげようか?」

「うん! 見たい!」


 訊いてみたら即答したカリンは、年相応の幼さがあった。

 世話焼きでしっかり者のカリンだけど、初めて見る素晴らしいものへの反応は無邪気だ。


 鮮やかな夕焼けが終わり、太陽が沈んで空が暗くなると、星々が姿を見せ始めた。

 カリンは、星空を見るのも初めてだ。


「空がこんなに暗いなんて。ラーナ王国のみんなが見たらこの世の終わりか? って大騒ぎしそうね」


 という彼女が見上げるのは新月の夜空で、満月夜よりも闇色が濃い。

 時計台から見下ろす街の明かりは、白夜の国よりも窓の光がくっきりと見えた。


「カリンはこの空が怖い?」

「ううん」


 俺が問いかけると、カリンは首を横に振った。

 彼女は、未知のものを恐れない。


「だってほら、あんなに綺麗な小さい光が、いっぱい見えるもの」


 そう言って指差す空には、星々が輝いている。

 地球と違って大気汚染の無い世界、その夜空の星はプラネタリウム並みに多かった。


「あの光、図書館の本に書いてあった【星】でしょう?」

「そうだよ」

「星は、途方もないくらい遠いところから光が見えている、太陽の仲間なんだよね?」

「うん」


 広くは恒星、惑星、衛星、彗星といった天体を「星」というのだけれど。

 星座をつくる恒星をさすことが多いから、太陽の仲間という認識でも間違ってはいないかな?


「その太陽の近くには、もしかしたらエルティシアやナーゴみたいな世界があると思う?」


 禁書【異世界の歩き方】を、カリンは読んではいない。

 彼女は条件を満たしていないから、タマが見せていないんだ。

 あの本には、たくさんの世界が記載されている。


「俺は3つの世界を見ているから、4つ目や5つ目もあると思ってるよ。星の数だけあるかもしれないね」


 俺は思ったままにそう答えた。




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