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第45話:霊気同調

 俺は魔工学部の担当職員室へ行き、遺品を見せてもらった。

 退職手続きをした後だからか、私物は何も残っていない。

 遺体と魔法陣があった場所は、全ての痕跡が消えていて、血痕すら無かった。


「先生が使っていた物で、残っているのはあれくらいだよ」


 と言って江藤が指差したのは、教職員用の机と椅子。

 まだ後任の先生が決まっていないので、最後に詩川先生が使って以降は誰も座ったりしていないらしい。


「学校の怪談みたいに、空席に霊が憑いてたりするかな……」


 他の人には部屋の外に出てもらい、俺は椅子に意識を集中してみた。

霊気同調チューニング】は、霊と波長を合わせることで姿が視えたり話せたりするスキル。

 波長を合わせるイメージは、ラジオのチャンネルを合わせる感じに似ている。

 霊の方から波長を合わせてくることもあり、幼少期はうっかり視てしまった死者の霊にビビッて泣き、祖母から変な子だと言われたこともあった。


(視えた……! って、誰だ? この子……)


 椅子の上に、白い人影が見え始める。

 そこから更に波長を寄せていくと、現れたのは詩川先生ではなく、幼い子供だった。

 黒髪に黒い瞳、面影はルルに少し似ている。

 多分、女の子かな?

 子供は睫毛の長い大きな瞳から涙を流しながら、こちらを向いた。


『パパ!』

「え?!」


 俺を見た途端、子供の霊が瞬時に接近して念話で話しかけてくる。

 アズールの幼少期そっくりな姿を見てパパと言う、この子は誰?


『会いたかったよぉ!』


 って言いながら抱きつこうとした女の子は、俺をすり抜けてしまう。

 俺の後ろに抜け出てしまった子を振り返って見たら、向こうもこちらを振り返り、顔を歪めて更なる涙を流した。


「えっと、君は誰?」


 と聞いたら、流れる涙の量が増えたぞ。

 俺が悪いわけじゃないと思うけど、なんかゴメン。


「この姿を見てパパと言うってことは、アズとルルの子?」

『うん』

「つまり、詩川先生?」

『ちがう』


 どういうことだろう?

 アズとルルの子が、他にもいたんだろうか?

 でもルルは20年くらいの短命で、初めての子がお腹に宿っている時に死んじゃった筈だけど。


「じゃあ、君の名前は?」

『無いよ』

「アズやルルは、名前をつけてくれなかったの?」

『生まれてこなかったから、名前をもらってないよ』


 その言葉を聞いた瞬間、俺は理解した。

 この子、いわゆる【水子の霊】というやつだ。

 胎児のうちに死んだ子供の霊か。

 アズとルルの子で、生まれる前に死んで、今ここにいる。

 ……ってことは、誰だかもう明らかだね。


「つまり、君は詩川琉生の前世の霊ってことかな?」

『うん』


 子供の霊の正体、把握。

 でも何故、現世ではなく前世の霊がここに残ってるんだろう?

 訊こうとしたら、霊の姿が薄れ始めた。


『パパに分かってもらえて嬉しい。これで未練は無くなったから逝けるよ』

「ちょーっと待った!」


 満足した様子で成仏しかける霊を、俺は慌てて引き留めた。

 この子にはまだ山ほど訊きたいことがある。


「まだ逝かないで、ちょっとここに座れ」

『もう、あんまり霊力が残ってないよ』


 天井の方へ浮かび上がって姿が薄れていく霊に、俺は椅子を指差して言う。

 子供の霊は首を傾げた後、降りてきて椅子に座った。

 とはいえ、姿は薄れつつあるので、あまり時間は無いみたいだ。


「頼む、霊力もうちょっと踏ん張って」

『じゃあ、名前をちょうだい』

「名前をつけてあげればいいの?」

『うん』


 そういや、霊は名前が無いと存在エネルギーが弱い、と禁書に書いてあったな。

 ルイ……は、ダメだな。別人なんだし。

 ちょっと考えて、俺は思いついた名を子供の霊に贈った。


「セレネ。こことは違う世界の、月の女神の名前だよ」


 古代ギリシアの、本来の月の女神はセレネ。

 よく知られるアルテミスは夜の女神。

 時代が進むと、 アルテミスとセレネは同一視されるようになり、アルテミスがセレネを飲み込んでしまった。

 今まで詩川琉生に飲み込まれて出てこなかった子に、俺はその女神の名をつけた。


『ありがとう!』


 名付けの力は強かったようで、セレネの薄れていた姿がはっきり見え始める。

 俺はこの子を、アズとルルに会わせてあげたいと思った。

 椅子では運びにくいから、持ち運びやすい物に宿ってもらおう。


「セレネ、椅子じゃなくてこれに宿ることはできる?」


 俺は異空間倉庫ストレージから変身の腕輪を出して、セレネに見せた。

 アズが子供の頃に使っていた、猫人変身の腕輪。

 俺には使えなくて、しまい込んだままになっていた。

 セレネが他のものに憑依できるなら、持ち運びやすい腕輪の方がいい。


『できるよ』

「じゃあ、こっちへ」


 セレネが椅子から離れ、吸い込まれるように腕輪の中に入り込む。

 腕輪が白く光ったから、憑依は成功したらしい。

 セレネの霊力が、腕輪から感じられた。

 これなら、椅子よりもずっと運びやすい。

 このままアサギリ島へ連れて行こう。


「名前を呼んだら出てこれる?」

『うん』

「じゃあ移動するから、呼ぶまで中で待機して」

『はーい』


 セレネの憑依が成功した腕輪を持って、俺はアサギリ島へ空間移動した。




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