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第48話:想定外の転移先

『フラムには、エカが噛まれるのは防げない?』

『動きが全く見えないし、あいつは炎が効かないんだ』


 状況を説明するフラムは悔しそうに言う。

 主が敵の手に落ちて、されるがままになっているのは許せない筈だ。

 俺もフラムと同じ気持ちだ。

 この魂は、エカを護るために創られたものだから。


 俺は相互転移の腕輪を起動して、エカの腕輪がある場所へ転移した。

 トゥッティがどこに捨てたか知らないけど、仮に活火山の溶岩煮えたぎる火口だったとしても、完全回避がある俺に危害が及ぶことはない。

 っていうか、そんなとこに投げ込まれてたら、腕輪が溶けて転移できないだろうけど。

 海や湖や川の底でも、水が避けていくから溺れたりしない。

 ドラゴンの腹の中だとしても、平気なのは修行で実証済みだ。


 そんな感じで気楽に転移した俺は、予想の斜め上をいく場所に来てしまい、慌てることになった。


「え?! どこから現れたの?!」

「きゃ〜カワイイ!」

「外国人チビッコレイヤー?」

「天使が来た!」


 手作りっぽい、様々な衣装を着た人々。

 周りを囲む、カメラを持つ人々。

 濃いテンションと熱気。

 俺は、それが何か知っている。

 人垣の向こうに見える建物も、見覚えがある。

 毎年夏と冬に、大規模な同人誌イベントを開催する場所だ。

 ……で、ここはどう見ても……コスプレ撮影エリア……だよな? 


 相互転移の腕輪、異世界でも飛べるのか。

 いやまて。

 この身体、地球の大気では生きられないんじゃなかったか?


 禁書【異世界の歩き方】にも書いてあったし、神様からも聞いて知っている。

 地球は大気汚染が酷過ぎて、世界樹の民や猫人たちは生存できない。

 過去に地球へ行ったナーゴの民が死亡した、と本には書いてあった。

 実は死亡した者というのはアズで、地球では完全回避が無効化されたんだ。

 幸いアズは、一緒にいた琉生がナーゴに連れ戻し、ルビイがすぐ蘇生したらしいけどね。


 つまり、俺も完全回避が無効化されて死ぬってことだ。

 これもトゥッティの策略か。

 相互転移の腕輪を地球へ放り込めば、転移してきた俺を殺せると思ったんだろう。


 やられたと思ったその時、俺の身体から灰色の霧のようなものが滲み出て、集まって結晶化すると地面に落ちた。

 灰色が濃縮されて、黒に近い色の水晶みたいに見える。


「え? これなぁに?」

「演出かな?」


 足元に転がったそれを拾った人たちが、首を傾げる。

 けど、いろいろあるコスプレ演出の1つだろうと思ったらしい。


 定期的に湧き出る霧と、コロンコロンと地面に転がる結晶を見て、俺は何が起きているか把握した。

 完全回避は、有効だ。

 俺の身体は、肺に吸い込んだ毒素を結晶化させて排出している。


「Do you speak Japanese?(日本語を話しますか?)」


 俺が黙っているから日本語が分からないと思ったのか、エルフっぽいコスプレをした女性が英語で話しかけてきた。

 英語が不得手な日本人だとCan you speak Japanese?(日本語が話せますか)と言ってしまうところだけど。

「できる」という意味の 「can」 は、相手の能力を直接的に問うニュアンスがあり、場面によっては失礼にあたる。

 話しかけてくれた人は、そこそこ英語慣れしているようだ。


「あ、はい。日本語で話して下さい」


 俺は日本語で答えた。

 今の俺の顔立ちでは、北方人種系の子供と間違われたかもしれない。


「良かった。では日本語にしますね」


 微笑んで言うその女性は、エルフのコスプレがよく似合う美女だ。

 雰囲気もコスプレしているキャラクターのイメージに寄せているのかもしれないけど、気品がある優しい女性という感じがする。


「それで、1枚一緒にお願いしたいのですが、お付き合い頂けませんか?」

「いいですよ」


 女性から2ショット撮影をリクエストされた。

 俺のこの服はコスプレじゃないし、青い髪と目は天然物なんだけど。

 しかし、コスプレ会場に異世界デザインの服を着て現れたら、レイヤーと間違われるよね?

 異世界転移が珍しくなくなった時代だとしても。


 ここに転移したってことは、近くに相互転移の腕輪がある筈なんだけど。

 2ショット撮影を終えた後、俺は自分の腕輪を掲げて、周囲に呼びかけてみた。


「知人がこれと同じ腕輪を落としてしまって探しています。誰か見かけませんでしたか?」

「それならさっき誰かが拾って、落とし主を探していたよ」

「落とし物受付に届けに行ったみたい」


 幸い、腕輪の行方はすぐ分った。

 俺は、ちょっと行ってきますと周囲に声をかけて、主催者スペースの落とし物受付へ向かった。


「ボク、かな? パパとママはどうしたの?」

「あっいえ迷子じゃないです。これと同じ腕輪は届いてませんか?」

「それなら、さっきレイヤーの人がこれを届けに来ましたよ」

「はい、それです。ありがとうございました」


 受付へ行くと、迷子と間違われかけたのは、6歳児の姿ではしょうがないとして。

 落とし物の話をして自分が着けている物を見せると、すぐに腕輪を渡してくれた。

 俺はスタッフにお礼を言った後、コスプレ撮影エリアに戻って落とし物が見つかったことを人々に伝えた。


「ありがとうございました! じゃあそろそろ帰ります!」

「はーい!」

「探し物、見つかって良かったね!」

「また来てね!」

「癒しをありがとう!」


 レイヤー仲間と思われたからか、あったかい雰囲気で見送られた。

 俺は更衣室へ行き、個室の目隠しカーテンに隠れて空間移動を使った。


 ……ところで……。


 トゥッティが腕輪を地球に放り込んだのは、俺を殺す目的だろうけど、なんでコミケ会場なんだ?




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