『トゥッティがあの日あの場所を選んで腕輪を放り込んだ理由は、彼がそこへ行った経験があるからだと思うよ』
「知ってる場所なら他にもあるだろうに、何故あの時間軸のあの場所にしたんだろう?」
『あそこなら、異世界人の死体が転がってても、レイヤーの事故死と思われて処理されるでしょう?』
「なるほど」
詩川琉生を通して日本を見てきたセレネが、そんなことを教えてくれた。
確かに、俺がいきなり現れても、ちょっと驚いた程度だったな。
異世界で作られた服を着ていても、髪が青くても、みんな違和感ない様子で見ていたよ。
腕輪があった場所は、イベント開催中のお台場。
建物は東京国際展示場(東京ビッグサイト)だ。
気温から想定して、イベントは冬コミだと思う。
「相互転移の腕輪は、ナーゴ内しか移動できない筈なんだがねぇ」
「御祖父様がエカに渡した時と、少し魔導力の流れが変わっているニャン」
「奪った後に、魔改造されたようだね」
俺が持ち帰った腕輪を見て、ジャミ占い師とナジャ学園長が話す。
腕輪は、短時間で改造されていたようだ。
トゥッティは地球に転移して死亡させた俺を、異世界派遣部に渡されないように仕組んでいたらしい。
異世界転移が珍しくない現代、異世界風の容姿をした者が見つかったら、すぐに異世界派遣部に回される。
俺は異世界派遣部所属だから、すぐ身元が分かる筈だ。
そうなれば、ナーゴに戻して蘇生されてしまう可能性があるから、地球人のコスプレイヤーだと誤認させようとしたんだろう。
「それにしてもイオ、よく無事だったニャ」
「完全回避が、有効化されたままでした」
「そのユニークスキルは、ナーゴ限定ではないのかニャ?」
「神様からは、ナーゴ限定と聞いています」
「それは神様に報告した方がいいニャ。それと、エカが攫われたことを家族に報せてほしいニャン」
「分かりました」
学園長の指示で、俺は世界樹の根元へ空間移動した。
◇◆◇◆◇
空間移動の出口、世界樹の根元には、まだ報せていないのにセレスト家の人々が集まっている。
みんな真剣な様子で、背後に俺が現れた事に気付いていない。
「お願いします! 救助活動を許可して下さい!」
「父さんを、助けに行かせて下さい!」
懇願しているのは、ジャスさんとリヤン。
2人とも、冒険者のように帯剣して防具を着けている。
近くにいるフィラさんやソナも、女性用の皮の防具を着けていた。
『お前たちが危険な場所に来ることを、モチは望んでおらぬ。既にイオが動いている。彼に任せておきなさい』
神様が宥める【声】も聞こえる。
「モチ」と聞くと俺はすぐ親友の方を思い浮かべるんだけど、神様が言っているのは勿論エカのことだ。
この状況はもしかして、エカが攫われたことを知ってる?
でも、誰が報せたんだろう?
「フラムもそう言ってくれました。でも、何もせずに待っているなんて嫌です!」
叫ぶように言ったのはソナ。
報せたのはフラムか。
ソナは、夕飯の時間になってもエカが帰宅しないから、どうしたのか聞こうとして念話を送ったんだろう。
そしたらエカの返事は無くて、代わりにフラムが状況を伝えたんだな。
ソナの気持ちは分かるし、彼女の召喚獣の数と魔法力が里一番なのも知ってる。
でも……
「ダメだよソナ。君を向かわせたら、俺がエカに怒られる」
……俺はソナを止める。
声に気付いて、セレスト家の人々が一斉に振り返った。
「エカは、家族が危険な場所へ来ることを望まない。だから救出は俺に任せて、みなさんは家で待っていて下さい」
安心してもらえるように、俺は笑みを浮かべて言う。
エカの大切な人たちを、危険にさらすわけにはいかない。
「まだどこに連れ去られたか調査中ですが、必ずエカを見つけて、連れ帰りますから」
「居場所なら、俺が分かるぞ」
「俺も分かるよ」
「えっ?!」
ジャスさん、リヤン、エカの居場所が分かるの?!
なんで?!
「フラムは、俺が不死鳥の里から貰ってきた雛だからな。絆があるから互いに居場所が分かる」
「リアマは、父さんが俺にくれた雛だから、父さんとの絆があるよ」
ジャスさんはエカの召喚獣フラムとの絆が、リヤンの召喚獣リアマはエカと絆があるらしい。
その絆は、互いの居場所を知ることができるのか。
そういや、俺の魂と絆があるルビイが、瀕死の俺を見つけたことがあったっけ。
「だから、俺たちは連れて行け」
「え、いや場所だけ教えてくれれば……」
「向かっている間に移動されたら、見つけられないよ?」
……これは、同行させるしかないか。
「案内役は1人でいいよ。ジャスさんかリヤンどちらかで」
「「なら、俺が行く」」
赤毛男性2人がハモる。
まあ想定内だけど。
「リヤン、ここは爺ちゃんに任せておけ」
「お年寄りは無理しないで、若いのに任せてよ」
とか言い合ってる君たち。
世界樹の民は成人後は見た目が老けなくなるから、同じ歳の若者に見えるよ?
「え~っと、それなら、コインの表裏で決めたらどう?」
と、提案してみた。
日本人ならここはジャンケンだけど。
この人たちは、ジャンケンを知らないからな。
「表ならジャスさん、裏ならリヤン、OK?」
「いいぞ」
「いいよ」
了承を得て、俺はベルトポーチから銅貨を1枚出して、親指でピンッと弾いて投げた。
コインはクルクルと空中で回転した後、芝生のように短い草の上にポトンと落ちた。
判定は、表。
ジャスさんの同行確定だ。
「表、ジャスさんですね。案内よろしくお願いします」
「よし行こう。蛇でも魔族でも、父さんがブッ飛ばしてやるよ」
ジャスさんに案内を頼んだら、なんかやけに張り切っている。
っていうか、この人の戦力とか、俺は全然知らないぞ。
セレスト家で育ったアズなら知ってるかもしれないけど。
出発前に、ちょっとアチャラ様のところへ寄って確かめよう。
そういや、案内云々の話になっちゃって、
「神様、俺さっき間違って地球へ転移しちゃったんですが……」
って言ったらセレスト家一同でギョッとされたよ。
俺は構わず続けた。
「でも、【完全回避】は無効化されませんでした。異世界でも有効なスキルなんでしょうか?」
『それは、翔が創ったスキルに置き換わったからであろう』
「置き換わった……?」
『そなたの【本体】と【コピー体】で共有するスキルや魔法は、より性能の高いものが優先されるのだ』
神様の話からすると、コピー体に付与されたエルティシア仕様の【完全回避】は、本体にも付与されているらしい。
身体の中から排出される毒が、結晶化してポロポロ落ち続けるのは面倒だけど、俺は日本にも行けるようになったらしい。