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第50話:赤毛の剣聖

 俺はジャスさんを連れて、アチャラ様の修行空間に入った。

 同行する者がどれくらい戦えるのか見てから、作戦を考えないといけないからね。

 俺は修行を続けて5ヶ月くらい、魔王討伐戦時のアズほどの剣技はまだない。

 だけど、あと1ヶ月頑張れば近いものになるだろうとは言われている。


「どうした? シンク、今日は息子も一緒か?」


 って、アチャラ様? ジャスさんと馴染みみたいな?

 シンクというのはジャスさんのファーストネーム、神様が付けた名前だ。


「はい。息子が私の技量を見たいそうなので、一緒に来ました」

「そうか。では戦闘を許可しよう。お前の全力を見せてやるといい」


 ……え? ジャスさんって実は凄い人か?!


「許可を頂いたから見せてあげるよ。イオには当たらないけど、威力ぐらいは分かるだろう」

「はい」


 ジャスさんは、剣を抜かずに腰を落とす構えになる。

 俺は視ることが目的なので武器は持たず身構えてもいない。

 俺の隣には、剣技の威力を調べる岩が用意された。


「始め!」


 ってアチャラ様の声がした直後、岩が粉砕される。

 俺はこの空間に入る前の自分に言ってやりたい。

 これ、そこそこ戦えるとかいうレベルじゃないぞ。

 ジャスさんの速度と威力、魔族の将軍クラス以上だよ!


「視えたかな? なんならもう1回やろうか?」

「……いえ、もう充分です」


 涼しい顔してジャスさんが言う。

 この人、普段は呑気に畑を耕してる農夫なのに、めっちゃ強いじゃないか。

 案内が必要だから連れて行くだけ、とか思ってた自分を蹴り飛ばしたい気分だ。


「息子が随分驚いているようだが、お前が剣聖だと話していないのか?」

「そう呼ばれたのは息子たちが生まれる前ですし、特に言ってなかったですね」


 アチャラ様まで涼しい顔して言うんだけど。

 本人も大したことじゃないって感じで言ってるけど。

 ジャスさんが剣聖?! 聞いてないし!


「……えーと……ジャスさんが剣聖ってこと、エカも知らないんですか?」

「ああ、知らないだろうね」


 ……ってことはアズも知らないな、多分。


「いろいろ失礼しました。同行よろしくお願いします」

「アハハ、そんなに頭を下げなくてもいいよ」


 俺は顧客に謝るサラリーマンみたいに、45度の角度で頭を下げた。

 爽やかに笑うジャスさんが、いつもよりカッコ良い。

 ジャスさんの実力が充分過ぎるほど分ったところで、エカ救出作戦を立てよう。

 俺とジャスさんは、アチャラ様のアドバイスも受けて攻略方法を練ることにした。



  ◇◆◇◆◇



 過去の魔王討伐戦と違い、今回はこちらの情報が敵に知られてしまっている点を考慮しなきゃならない。

 トゥッティは、どこまで知っているのか?

 エカが魔王と魔将軍を唯一倒せる者だ、というのはバレている。

 765名一斉転移でナーゴに来たSETA関係者の能力も、ほぼ知られているだろう。

 俺に関しては、エルティシアに行く以前の情報しか知らないようだ。

 ジャスさんが剣聖だなんてことは、もちろん知らないだろう。



『フラム、次にトゥッティが来たら抵抗してみて。奴がどう動いているのか俺とジャスさんに見せてほしい』

『分った』


 俺はフラムと念話を繋ぎつつ、セレスト家の中で待機した。

 エカの居場所はジャスさんが分かるから、駆け付けることはできる。

 ジャスさんが感知するフラムの居場所は、アサケ学園敷地内【夏夜の夢ダンジョン】最奥で、壁の中に隠し部屋が作られていた。

 ダンジョンの壁などは通常、削ったり穴を開けたりすると、24時間後に完全修復するんだけど。

 トゥッティは魔工学部が開発した【シェルター作成機】を盗み出し、それを使って隠し部屋を作り、エカを隠している。

 隠し部屋には、【シェルター作成機】が1つ1つ作り出すオリジナルキーを使わないと入れない。

 定期的に訪れるトゥッティが鍵を持っている筈なので、それを奪う必要があった。



『来た!』


 そう言って、フラムが現場の映像を送ってくる。


 壁をすり抜けるように、白髪で赤い瞳の青年が入ってきた。

 以前に俺が見たトゥッティは高校生くらいの姿だったけど、今は成人した男性の姿だ。


「また、無駄なことを」


 白髪の男が馬鹿にするように笑って言う。

 フラムが言っていたように炎は全く効かないらしい。

 飛ばす炎はまるで当たっていないかのようだ。

 接近は縮地でも使ったかのように、一瞬。

 フラムが傘のように翼を広げて庇う中から、意識の無いエカが奪い取られた。

 抵抗など無かったかのようにあっさりと。

 フラムが放つ炎も、嘴や足を使った物理攻撃も、全く効かない。

 男は腕の中で力無く仰け反ったままのエカの首に、蛇のように細長く鋭い牙を突き刺した。

 まるで吸血鬼が人間の血を吸うような噛み方だけど、血を吸い取っているわけではなく、毒を注入しているところだ。 


「……っ!」


 痛みで一瞬意識が戻り、エカがビクッとして目を見開いた。

 しかし、すぐに毒が回ったのか硬直した身体から力が抜けて、虚ろになった目を閉じてゆく。

 トゥッティは数秒ほど牙を刺したまま抱え込んだ後、エカの身体が弛緩してグッタリと動かなくなったところで牙をはずすと、無造作に床へ投げ捨てて隠し部屋から立ち去った。



 セレスト家の居間で、ソファに座っているジャスさんが、眉間に皺を寄せて静かに怒る。

 こめかみに血管が浮いてるし、その怒りは相当なものだろう。

 隣に座るフィラさんが、心配そうにそれを見つめた。

 向かいのソファに座るソナとリヤンも不安そうにしている。

 この映像を視ているのは俺とジャスさんだけなので、他の3人にはエカに何が起きたか視えていない。

 というか、こんなのソナが見たらブチ切れて、自分も行くと言い出すに決まってる。


「鍵を奪うなら、奴が次に隠し部屋へ入る直前ですね」

「そうだな」

「ジャスさんに【風神の息吹ルドラ】をかければ、トゥッティよりも速く動けると思います」

「では俺があいつを叩きのめすから、イオは鍵を奪ってエカを助け出してくれ」

「分かりました」


 純粋に火力だけで言えば、俺よりジャスさんの方が強い。

 俺はトゥッティの相手をジャスさんに任せて、エカの救助を担当することにした。




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