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第51話:蛇と剣聖

 聖なる力の1つ【空間移動】は、2つの異なる場所を異空間のトンネルで繋げて移動する。

 移動先が前方に見えてきて、障害物を避けるようにトンネルを出られる仕組みだ。

 トンネルを通過中に、異空間に留まることもできる。

 今回は、それを利用してトゥッティを待ち伏せた。


 フラムに観察してもらった結果、トゥッティが来るタイミングは1時間毎のようだ。

 牙の毒は強い睡眠作用をもつけど、何時間も続く効果ではないらしい。

 エカが攫われたのは今日の昼過ぎで、俺とジャスさんが見たあの映像で噛まれたのは6回目だという。

 首には複数の赤い点みたいな牙の傷痕があって痛々しい。


 エカが閉じ込められている【夏夜の夢ダンジョン】は、アサケ学園敷地内の【夏の森】にある。

 まだエカが【モチ】だった頃に、動植物学部の生徒チッチと3人で行った場所だ。

 夢幻種という固有種の魔物がいるけど、こちらの姿を見ると逃げていくので戦闘にはならない。

 当時は怪我をしたユニコーンの子供を治療保護したいっていうチッチの依頼で、ダンジョン最奥まで進んでいる。

 つまり、俺が行ったことのある場所なので、最奥まで空間移動で行けるんだ。


「そろそろですね。支援をかけます」

「ありがとう」


 俺はジャスさんに4つの身体強化魔法をかけた。

 禁書閲覧室に入れるようになって間もない頃に、本から得た古代魔法で、前世アズはそれぞれの属性神から直接授かったらしい。


 水神の必中ティアマトは、1回だけ絶対成功の効果。

 火神の激怒イグニスは、一撃のダメージを大幅に上げる。

 地神の慈悲ガイアは、体力が半減している敵を即死させる。

 風神の息吹ルドラは、行動の素早さが大幅に上がる(常人でも音速の域になる)。


「あと、武器に聖魔法みたいなものを付与しておきます」

「みたいなもの?」

「異世界の神様から授かった力です」

「おお、イオは凄いな」


 そんな褒められるようなことは、何もしてないんだけどな。

 同人誌を読んだら異世界に招待されて授かったとか、ちょっと言えない……。


 俺はジャスさんの武器と防具の両方に、聖なる力を注ぎ込んだ。

 これで武器は闇を打ち払う剣に、防具は闇から身を護る盾になる。


「あと、これを食べておくと自動回復効果が付与されます」

「それはいつも買っているから持ってるよ」


 エアが作った自動回復チョコは、畑仕事のお供に愛用されているようだ。

 かけられるだけ支援をかけまくったところで、隠し扉に近付いてくる白髪の男が見えた。

 異空間トンネルに隠れている俺たちには全く気付いていない。

 俺は自分にも支援をかけて、鍵を奪うタイミングを計る。


 トゥッティが首にかけているペンダントをはずし、鎖を掴んでぶら下げながら壁に近付ける。

 それが【シェルター作成機】の鍵であることは、魔工学部に確認済みだ。


 俺とジャスさんは同時に動いた。

 鍵に付いた鎖を切断して奪ったのが俺、トゥッティを袈裟懸けに切り伏せたのがジャスさん。


「ぐあっ!」


 黒い血液と共に声をあげた蛇将軍に構わず、俺は鍵を壁に近付けて、光った壁を通り抜けた。

 通り抜けた先には、翼でエカを抱いているフラムがいる。


「イオ!」

「助けに来たよ!」


 ホッとした様子のフラムに言いながら、俺は駆け寄ってエカを抱き締め、体内の毒に【浄化ピュリフィエ】を使った。

 解毒なら、聖なる力が有効だ。


 もともと効果が切れ始めていた毒は、すぐに解毒できた。

 抱き締めた腕の中でグッタリしていたエカが身動きして、目を開けた。

 意識が戻ったエカは、俺の顔を見るとハッとして自分の口の中を確認するようにモゴモゴしている。

 薬の味がするか確かめているようだ。

 また俺に口移しで飲まされたかと思ったっぽい。


「完全回復薬や睡眠解除薬は飲ませてないよ?」

「えっ?」


 俺が言ってやったら、エカは意外そうな顔になった。

 今までは意識が無い時の治療といえば、完全回復薬の口移し使用だったからな。

 エカお前、俺が死にかけた時は躊躇なく飲ませたんだろ? 嫁と息子が見ている前で。

 相変わらず飲まされる側になると気にするんだな。って思いつつ俺は苦笑する。

 それから、エカの首に幾つもついている牙の痕に片手をかざして、【治癒の力】を使った。

 この力がある今、完全回復薬を使うことは滅多に無い。

 赤い点のような傷は全て消えて、エカの白い首は傷の無い綺麗な状態に戻った。


「回復魔法、使えるようになったのか?」

「【治癒の力】ってやつだよ。口移しの方がいいなら、次からそうするけど?」

「い、いや、その力の方がいい」


 からかい半分で言ってやったら、エカは動揺したのか鼻の穴広げて真顔になる。

 その口に自動回復チョコを放り込み、俺はエカの手を掴んで立ち上がらせた。

 そろそろトゥッティを爆破してもらいたいからね。


「今、ジャスさんがトゥッティと戦ってる」

「なっ?!」


 ギョッとするエカは、やはりジャスさんの強さを知らないな。

 驚いて爆裂魔法不発になると困るから説明しておこう。


「ジャスさん、剣聖なんだよ」

「なにーっ?!」

「ということで、今トゥッティをボコッてるからトドメさしてよ」

「お……おう……」


 困惑はやや残るものの落ち着いたエカに支援をかけて、完全回避の効果が及ぶように手を繋いだまま、俺はエカを連れて隠し部屋の外に出た。


「……あれ?」

「おお! エカ! 大丈夫か?!」

「……あ、はい」


 最近、予想の斜め上なことが多いな。

 俺とエカが隠し部屋から出てみたら、胸に剣を突き刺されたトゥッティが倒れている。

 白髪の男は白目をむいて、口から血泡を吹きながら、ピクピク痙攣していた。


「これ、倒したんですか?」

「うむ。斃せたようだ」


 俺がトゥッティを指差して訊くと、ジャスさんがドヤ顔で頷く。

 父親の強さを知らなかったエカは、鼻の穴広げて真顔になりつつ呆然としていた。




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