聖なる力を付与した剣で核を貫かれた白髪の魔族は、炭のように黒く変わると、ボロボロ崩れて消え去った。
「偽物かな?」
「将軍クラスは爆裂魔法でないと死なない筈だから、分身か何かだな」
俺の問いに、エカが答えた。
狡猾な蛇将軍が、こんなにあっさり死ぬわけがない。
ジャスさんが剣聖だとしても、爆裂魔法も無しに死亡するような敵ではないから。
ふと嫌な予感がして、俺は片手でエカの手を握りつつ、空いている方の手でジャスさんの手を掴んだ。
予感的中!
急に足元が崩れて、3人揃って地下へ落下し始める。
「2人とも、手をしっかり握ってて!」
赤毛コンビに左右の手を握らせつつ、俺はエルティシアで得たものを解放した。
『
念話で呼びかけると、3人の落下が止まり、フワリと空中で停止した。
何が起きたか分からず驚くエカとジャスさんには見えないけど、俺たちの周囲には小妖精たちが舞っている。
風の妖精たち。
大気が存在する場所であれば、どこにでも現れて力を貸してくれる妖精たちだ。
たとえ異世界であっても、空気があるなら呼び出せる。
「エカ、風魔法を使ったのか?」
「いや、俺は何もしてない」
「2人とも気を付けて、下に魔王がいるよ」
困惑している様子の赤毛父子に、地下から感じる気配を伝えた。
エカを隠していた場所やトゥッティが来る頻度から、魔王も近くにいる予感はしていたけど。
まさか地下にシェルター作って潜んでいるとはね。
空中に浮かびつつ見下ろした地下には、巨大な魔法陣を囲むように配置された漆黒の岩がある。
「あれは……魔王の心臓?!」
「分散せずに、まとめて置いている?!」
エカとジャスさんには、それが何か分かるらしい。
魔王の心臓ってのは予備が6つあって、本体とは離して1つずつ違う場所に隠すものだったような。
「観客が来たか」
「……やはり生きてたな、変態蛇野郎」
魔法陣の中央に立ち、こちらを見上げるのは白い髪に赤い瞳の男。
エカに変態呼ばわりされるトゥッティの傍らには、セレネによく似た黒髪の少女が立っていた。
「ルイ! 一緒に帰ろう!」
「そんな変態と一緒にいたらダメだ!」
「……あれは何?」
呼びかけるエカとジャスさんを見上げて、黒髪の少女は無表情なまま問いかける。
やはり、詩川琉生としての記憶は無いのか。
「陛下、あれはゴミでございます」
「そう。じゃあ燃やす」
白髪の男に囁かれた黒髪の少女は、無表情のままこちらに黒い炎を放ってくる。
俺と手を繋いでいるから、エカにもジャスさんにも当たらないけどね。
「ゴミ、炎が効かない」
「あれは燃えないゴミでございます」
……言いたい放題だな、トゥッティ。
「そう。じゃあどうすればいい?」
「大陸を破壊すれば、まとめて埋められますよ」
「わかった」
相変わらず表情を変えないまま、少女が漆黒の岩の1つに片手を向ける。
その岩から、漆黒の霧が滲み出てきた。
大陸を破壊?
あの配列は、6つの心臓を大陸破壊兵器にするためか?
黒い霧が岩を覆い、床にも広がりかけた時、岩は粉々に砕けて消えた。
岩が砕けたのは、少女の術によるものではない。
エカが俺と手を繋いで空中に浮かびながら、空いている方の手を岩の方へ向けている。
爆裂魔法が、怪しい霧を発生する岩を破壊していた。
「道具、こわれた」
「すぐ直りますよ」
6つの予備心臓を「道具」と言う少女は人形のように無表情のまま。
トゥッティも驚く様子は無かった。
その言葉通り、砕けた岩があった場所に小さな魔法陣が浮き出て、そこから新たな黒い岩がはえてくる。
あれって、まさか形状記憶魔法陣か?
「再生した……?」
「猫人どもに使えて、魔族が使えないとでも思ったか?」
エカの呟きに、トゥッティがニヤッと笑う。
魔工学部の技術は、どこまで盗まれているんだろう?
「なら、魔法陣ごと全部破壊するさ!」
エカが魔法陣に向ける片手の周囲に、透明な泡が渦を巻く。
それがフッと消えた直後、魔法陣と6つの心臓はガラスのように砕けて消えた。
しかし……
「
……少女がボソッと呟くと、魔法陣と6つの心臓が瞬時に復元した。
「復元魔法……?!」
「再生方法が魔道具だけと思ったか?」
ジャスさんとトゥッティの言葉から、それが魔法によるものと分かる。
厄介な再生っぷりが、まるでゲームのラスボスのようだ。
『父さん、どうすればいい?』
『6つの心臓と魔法陣、そして魔王を同時に爆裂魔法の最終奥義で消し去れば、大陸破壊の魔道兵器は止まる』
『……でも、それは……』
『ルイの転生者も、一緒に殺すことになる』
攻めあぐねたエカは、念話でジャスさんに問いかける。
ジャスさんの答えは、俺たちが目指す結末からはずれるものだった。
爆裂魔法の最終奥義【
消滅した魔王の魂は長い休眠期に入り、千年以上経たないと転生してこない。
長命な世界樹の民でも、生きている間に転生者に巡り合うことはないだろう。
それは、6つの心臓だけを破壊して、魔王は生かして連れ帰るつもりの俺たちには、選びたくない選択肢だった。