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第53話:選択

 セレスト家は、家族愛の強い一家だ。

 ジャスさんフィラさん夫婦は仲が良く、双子の息子たちにも愛情を注いでいる。

 今でも近くに住む息子夫婦と孫を自宅に呼び、夕食を御馳走することがよくある。

 胎児のうちに死んだ孫の生まれ変わりだった詩川琉生のことも、とても可愛がっていたという。

 エカとソナ夫婦も仲良しで、息子リヤンも愛されている。

 エカたちも、詩川琉生とは仲が良かったそうだ。

 そんな彼等に、詩川琉生の転生者を殺すという選択肢は、あまりにも残酷だった。


「陛下、ゴミに構う必要はございません。大陸破壊を済ませましょう」

「わかった」


 トゥッティは、エカが魔王を殺せないことを知っている。

 まるでこちらを敵として見ていないかのように、落ち着いた口調で言っている。

 魔王は、自我がほとんど感じられない。

 少女は男に言われるままに力を使い、大陸破壊兵器を起動しようとする。


「やめろルイ!」


 エカは、再び魔法陣ごと6つの心臓を粉砕して、それを止める。

 爆裂魔法で、蛇将軍もまとめて爆破された。


復活リナシタ


 少女が、起動言語を呟く。

 すると、何事もなかったかのように、魔法陣も6つの心臓も、白髪の男さえも元通り復元された。


『魔族の復活までできるのか』

『トゥッティがいなければ、説得できるかもしれないのに……』


 ジャスさんとエカは、復元されたトゥッティを睨んで念話を交わす。

 2人の睨みに対し、白髪の男はニヤリと笑うだけだった。


『エカ、これ食っとけ』


 俺はエカの口の中に、世界樹の花の砂糖漬けを放り込んだ。

 使った爆裂魔法の威力と規模と回数から判断して、そろそろエカの生命力を回復させた方がいい。

 世界樹の花には、完全回復薬と同じ効果があった。


『エカの生命力を本人より把握してるところ、イオは前世から変わってないね』


 と言うのはフラム。

 多分、アズも過去に似たようなことをしたんだろう。


 エカたちが、アズの名残を俺の中に見つけることはよくある。

 言葉や行動の中に、共通点があるのだという。

 エカとフラムは、アズと俺の本質は変わらないと思っているらしい。

 双子として生きた記憶が無くても、エカを護る為の行動のほとんどが、アズそのもののように見えるそうだ。


 以前は、それが嫌だった。

 自分を見てもらえてない気がしたから。

 でも、詩川琉生の名残を欠片も残していない少女を、身内として助けようと考える彼等を見ていたら、気にならなくなった。

 それに俺も、前世繋がりのあの子を助けたいと思っている。


 だから俺たちに、魔王を殺すという選択は無い。


「ルイ! それを使うな!」


 再び、エカの爆裂魔法が、魔法陣と6つの心臓を爆破した。

 トゥッティには、ジャスさんが短剣を投擲する。

 その短剣には、敵に気付かれないようにコッソリと、聖なる力を注いである。


「チッ、聖魔法か!」


 短剣が胸に突き刺さり、核に流れ込む聖なる力に、トゥッティが顔をしかめる。

 彼はジャスさんに関する情報を持ってないから、ジャスさんが聖魔法の使い手だと思っているだろう。


「道具、壊される。使えない」


 少女は、隣にいる男が傷ついても全く気にしない様子で、無表情に呟いた。

 この子には感情が無いのだろうか?

 何のために兵器を使うんだろう?


『風の妖精、俺たちを下へ降ろして』


 俺は風の妖精たちに念話で願い、エカとジャスさんの手を握ったまま下降した。

 トゥッティの近くまで降りた途端、ジャスさんが短剣の柄を足蹴にして、更に深く押し込む。

 驚きと痛みで、蛇将軍は赤い双眸を見開いた。


「ぐはっ! よくも……」

「俺の子供を虐める奴は、御仕置きだ」


 短剣が核に与えるダメージが増加し、トゥッティが苦しそうな声を上げてジャスさんを睨む。

 ジャスさんは容赦無くて、膝をつく男の胸に長剣を突き刺した。

 勿論その長剣も、聖なる力の付与済みだ。

 爆裂魔法ではないので、将軍クラスの魔族は死なないけど、ダメージは食らう。

 痛みで動けなくなったトゥッティを蹴り倒したジャスさんは、更に追加で4本の短剣を突き刺した。


「……父さんが……鬼畜だ……」

「エカが噛まれた回数分だ」


 エカが軽く引いている。

 ジャスさんは、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 可愛い我が子が6回噛まれたから、6本の刃で仕返しをした、と。

 この人を怒らせるのは、やめとこう。って思ったのは、俺だけではない筈。

 蛇将軍は、核がある辺りに長剣1本と短剣5本、剣山みたいに突き刺され、気絶したのか白目をむいて動かない。


「静かになって、ちょうどいいだろう?」

「そ、そうだね」


 平然として言うジャスさんに苦笑しつつ、俺は同意した。

 確かに、ちょっとやり過ぎ感はあるけど、トゥッティを黙らせるにはいい方法かもしれない。


「こいつ確か蛇に変身して脱皮で再生するよな? 見張ってないと不意打ちされるかも」


 エカは【モチ】の記憶を思い出して、警戒している。

 よく見ると、倒れて動かない白髪の男の皮膚に、鱗が浮き出てきていた。


 トゥッティとは俺も一度戦った経験があるので、脱皮で再生することは知っている。

 絶対零度で凍らされても、脱皮で解除してたな。


「……そうだ、これを試してみよう。【時の封印ルタンアレテ】」


 俺は核を貫かれて失神している魔族に、生命の時を止める魔法を使用した。

 それは今のトゥッティには、爆裂魔法よりも厄介なものだろう。

 細胞の活動を停止させられた男は、鱗の生成が途中で止まり、脱皮も再生も不可能となる。

 意識を失った状態も維持され、全く動くことは出来なくなった。


「おお、凄い魔法だな」

「敵を殺さず無力化するにはピッタリだな」


 時の封印ルタンアレテを初めて見たジャスさんと、その効果を知るエカが言う。

 俺は更に、魔法陣に配置された6つの心臓にも時の封印ルタンアレテをかけた。

 岩のように見えるけど、心臓というなら生命の時を止められるかもしれない。


 結果は、どうやら正解だったようだ。

 黒い岩のような6つの心臓は、黒い霧を出さなくなった。

 時の封印ルタンアレテは、魔道兵器の封印にも使える。

 後で翔に報告しよう。


「道具、動かない。なんで?」


 呟く女の子は、倒れたトゥッティを見てもいない。

 その顔は、眉すら動かさず無表情だった。




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