トゥッティに【陛下】と呼ばれていた幼い女の子は、セレネに似た黒髪の可愛らしい容姿をしている。
着ているゴスロリっぽい衣服は、トゥッティの趣味だろうか?
「ねえ、動いて」
少女は傍らの男を指先でつついた。
胸に剣と短剣を刺されたまま、白目をむいて動かない男の首や腕は、形成途中で止まった白い鱗に半ば覆われている。
「どうして、動かないの」
続いて少女は、魔法陣を囲む6つの漆黒の岩を、1つ1つ小さな手で叩いて回る。
その動きはゆっくりしているように感じるけど、加速魔法をかけたままの俺たちの目に、普通に動いて見えるくらいに速い。
生徒会室が襲撃を受けた時、現場にいた猫人たちも江原もエカも、トゥッティと少女のどちらが魔法を使ったか目視出来なかった。
今の動きも、加速魔法をかけていなければ、俺たちには見えないだろう。
「ルイ、一緒に帰ろう」
エカが呼びかけても、少女は振り向かない。
それはまるで、声をかけられたことに気付いていないようだった。
「起きて」
6つの岩を叩いて回った後、少女はまた白髪の男のところへ戻り、半分ほど鱗に覆われた頬をペシペシ叩いて呼びかける。
両頬をつまんで左右に引っ張ったりもするけど、男は無反応で動かなかった。
「そいつは起きないよ」
「みんな待ってるから、うちへおいで」
エカとジャスさんが声をかけても、少女は反応しない。
延々とトゥッティや6つの岩を叩いて回るその行動は、壊れた機械のようだ。
「起きて、起きて、起きて」
「ルイ!」
無表情で同じ言葉を繰り返しながら、少女がバシバシとトゥッティを叩き始める。
ジャスさんががその手を掴もうとしたけど、スイッと避けられてしまった。
「分からない、ワカラナイ」
少女が、違う言葉を呟き始める。
その身体が、黒い霧に覆われた直後、少女は漆黒の巨大な蛇に変わった。
ギョッとして後ずさる俺たちの前で、漆黒の蛇は白髪の男を咥えて飲み込み始める。
「お、おい、よせ!」
「そんなもん食ったら腹壊すぞ」
ジャスさんが慌てて静止の声を上げる一方で、エカが鼻の穴広げて真顔になりながら間の抜けたことを言う。
漆黒の蛇はトゥッティを完全に飲み込むと、魔法陣を囲む6つの岩を次々に飲み込み始めた。
『あの子は、自分に呪いをかけたのね』
今まで黙って様子を見ていたセレネが、腕輪の中から話しかけてくる。
同じ魂を共有する彼女には、少女の状態が分かるらしい。
『呪い?』
『感情を持たない呪い。騙されたみたいだけど』
『魔王って感情を持たないものなの?』
『いいえ。お母さんにはあったでしょ?』
漆黒の岩を1つ1つ咥え上げて飲み込む黒蛇を見つめながら、俺はセレネから話を聞いた。
『多分トゥッティは、ルイがお母さんみたいにならないように、不完全な心で転生させたのよ』
『そのトゥッティ、食われちゃったけど』
『自業自得ね』
セレネの話から、ルイは感情を持たずに生まれ、トゥッティの操り人形になっていることが分った。
今の状態は、与えられた命令の実行を阻止され、行動の途中で指示が与えられなくなり、暴走したってことか。
『当初の予定通り、セレネを宿らせれば、感情は得られるかな?』
『うん。でもその前に、魂の浄化が必要だよ』
『あのデカい黒蛇に、聖なる力を流し込めばいいのか』
もともと、魔王が敵対するなら、セレネを宿らせて抑えてもらうつもりだった。
感情が無いのなら、セレネが【心】となればいい。
『お祖父ちゃんと叔父さんは、安全なところへ逃した方がいいよ』
『そうだね』
今回の魔王に、爆裂魔法は使わない。
エカには、ジャスさんと一緒に退避してもらおう。
「ジャスさん、エカ、ここに隠れてて」
「えっ?!」
「な、なにを……」
俺は空間移動を使い、赤毛コンビを異空間に退避させた。
そこなら、魔法も物理攻撃も飛んでこない。
俺は単独で魔王のところへ移動した。
空間の出口は閉じたから、俺が開けるか俺の生命力が尽きない限り、2人は出てこれない。
『こら! イオ! 何する気だっ?!』
『ちょっと黒蛇と喧嘩するから、巻き込まれないようにそこにいて』
『イオなら大丈夫だな。何か手伝いが必要な時は言ってくれ』
慌てるエカには、簡単に説明した。
何か作戦があるのだろうと察したジャスさんは、その場で胡座をかいて待機の構えだ。
「タイリクノハカイ、マドウヘイキヲツカウ……」
巨大な黒蛇は、ブツブツと呟いている。
6つの心臓は、全て黒蛇に飲まれていた。
「
俺は黒蛇に片手を向けて、聖なる力を放ってみた。
蛇は白い光に包まれたけど、身体を振ってそれを振り払ってしまう。
『離れてると、あまり効かないね』
『じゃあ、接触してみよう』
セレネと話した後、俺は黒蛇に接近を試みる。
尻尾攻撃がくるのは、想定内。
完全回避がちゃんと仕事してるから、そんなものは当たらない。
更に接近すると、黒蛇が口を開けて噛もうとする。
うん、それを待ってた。
俺は以前、竜と戦った時と同じく、その口の中に飛び込む。
そこから更に喉の奥へ。
『竜の腹の中より狭いな』
『竜のお腹の中を知ってる人って、あんまりいないとおもうけど』
消化器官の中を移動しながら、俺が言ったらセレネのツッコミがきた。
今回は倒す目的ではないので、核を探す必要は無い。
適当なところで立ち止まり、体内浄化開始だ。