目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第55話:黒蛇の浄化

 黒蛇に飲み込まれた腹の中には、先に飲まれたトゥッティや6つの心臓が転がっている。

 それらは俺がかけた【時の封印ルタンアレテ】の効果が続いていて、黒蛇に何も付与していないようだ。

 影響があるとしたら、腹が膨れたくらいだろう。


浄化ピュリフィエ


 黒蛇の体内で、俺は【聖なる力】を放つ。

 下位の魔族なら消滅する力だけど、魔王が消滅することは無い。

 目的は、魔王が持つ闇の浄化。

 しかし、かなり強く発動したのに、浄化は効果が無かった。


 巨大な消化器官の中は、黒い霧が満ちている。

 毒があるのか、完全回避の効果が発動して、俺の身体から黒い霧が排出されると、黒水晶のような結晶となって次々に転がった。

 胃の辺りまで来ると、消化液が俺を避けて円状の安全地帯を形成する。

 魔王の急所となる核は心臓の部分だから、消化器官内からは見えなかった。


『魔王なだけあって、闇の力がかなり強いみたい』

『そうだね』

『この子、魂が完全に闇に染まってるよ』


 腕輪の中から、セレネが話しかけてくる。

 魔王に転生した詩川琉生の魂は、漆黒の闇に染め上げられているようだ。

 浄化の光を何度か浴びせても、黒蛇の体内は一向に変化しなかった。


『これは、かなり全力でやらないと浄化できないな』

『エカの最終奥義くらいの力が必要だと思うわ』


 セレネと念話を交わしつつ、俺はベルトポーチから世界樹の花の砂糖漬けを取り出して、口に放り込んだ。

 これまでに聖なる力を結構使いまくったから、眠気がきている。

 俺が眠くなるのは、生命力が残り少ないことを示す警告だ。

 生命力を全回復させる世界樹の花を食べたら、眠気は無くなった。

存在の完全消滅デストリュクシオン】クラスの力といったら、消費生命力はどれほどのものか予想がつく。

 生命力がフルの状態で発動しよう。


『じゃあ、気合いを入れて全力放出だ!』

『頑張って!』


 黒い霧が視界を妨げる中、俺は自分の身体から白い光を放ち始める。

 この程度じゃダメ、もっと強く。

 光量を上げながら、俺は思う。

 黒蛇の胃の中を埋め尽くすくらいの光になったら、辺りが揺れ始めた。


『おいイオ、大丈夫か? ルイが暴れてるぞ』


 異空間に匿われつつ黒蛇の様子を見ているエカから、そんな念話がきた。

 この揺れは、黒蛇が抵抗してのたうち回ってるからか。


『大丈夫、浄化を嫌がってるだけだよ』

『そ、そうか』


 体内が見えないエカたちを安心させたところで、更に光量を上げる。

 光は黒蛇の胃の外にも広がり、揺れも更に激しくなった。

 まだ足りない。

 ちょっと目眩がしたので、ベルトポーチから持続回復チョコを出して口に放り込む。

 生命力消費、多いな。

 この身体は神様が前衛型として創ったものだから、生命力は一般的な世界樹の民よりもかなり高い。

 爆裂魔法使いのエカも生命力は高いけど、俺の生命力はそれを上回る。

 エカが使う最終奥義と同等の消費なら、俺の生命力は残る筈だ。


「そんな暗いところにいないで、こっちへおいで」


 俺は、ルイの魂に呼びかける。

 セレスト家のみんなを代表して。

 ルイはみんなに愛されている。

 こんな闇の中にいなくても、居場所がある子だ。


「みんな、君の帰りを待っているよ」


 俺が放つ白い光に、虹色が混ざり始める。

 それが何かはすぐに分った。

 薄い本の主人公が得たものと同じ、親しい人々の想いから生まれる護りと癒しの光だ。

 この光は、ルイのために使うもの。


「帰ろう、本当の居場所へ」


 俺が呼びかけた直後、虹色の閃光が辺りを覆う。

 その光は黒蛇の全身に広がり、黒い巨体を透明な硝子のように変えて、粉々に砕いた。

 トゥッティと6つの心臓も、透明な硝子のようになり、一緒に砕けて消え去る。

 体内にいた俺は床へ降り立ち、続いて落ちてきた小さな女の子を両手で抱き止めた。

 フワフワと落ちてきた子供には、魂はあっても心が無い。

 腕輪に宿って待っていたセレネの出番だ。


『セレネ、任せたよ』

『はぁい』


 セレネは微笑むと、俺に抱かれた女の子に宿る。

 糸が切れた人形みたいに動かなかった子供が、目を開けて抱きついてきた。


『上手くいったか?』

『ルイ、相変わらずパパ大好きだな』


 異空間の中から、エカとジャスさんが言う。

 俺に抱きついている子供は、さっきまでの無表情が嘘のように、満面の笑みを浮かべていた。


「名前はセレネでいい?」

「うん。現世パパが付けてくれた名前がいい」


 これからこの子は、セレネとして生きる。

 詩川琉生はもういないけれど、魂はそこにある。

 この子が俺をパパと呼ぶのなら、それを受け入れよう。


「ところでパパ」

「ん?」

「そろそろ、ここから逃げた方がいいんじゃない?」

「……そうだね」


 完全回避があるから気にしてなかったけど。

 巨大な黒蛇が大暴れしたせいで、地下シェルターが崩れ始めている。


「それじゃ、セレスト家に移動します!」

「お、おう」

「みんなお腹空いたろう? 少し遅いけど、夕飯食べて行きなさい」


 俺はセレネを抱いて異空間の中に入り、エカたちと一緒に空間移動した。



 ◇◆◇◆◇



 セレスト家の居間に現れた4人を見て、待っていた3人がホッとしたような笑みを浮かべる。


「この子の名前はセレネ。ルイの魂をもつ子です」


 俺は彼女の今の名前を皆に告げた。

 ルイの転生者として紹介すると、ソナ、フィラさん、リヤンが嬉しそうに集まってくる。


「セレネ、いい名前ね」

「孫が女の子になってビックリだけど、かわいいのは変わらないわ」

「俺のこと、お兄ちゃんって呼んでくれる?」


 囲まれるセレネも嬉しそう。

 連れて来れて本当に良かった。

 さて、そろそろ禁書閲覧室へ行こう。

 カリンが俺の帰りを待っているから。


『人を待たせているから、ちょっと図書館へ行ってくるよ』

『はぁい』


 念話でセレネには伝えた。

 彼女にカリンを紹介するのは、またあとで。

 セレネを囲む人々に気付かれないように、俺は空間移動で禁書閲覧室へ向かう。


 ……筈だった。


 空間移動を発動しかけた途端、俺は猛烈な睡魔に襲われた。

 そうだ、忘れてた。

 空間移動も生命力消費じゃないか。

 ルイの魂の浄化で生命力大量消費して、4人分の空間移動でまた消費して、今また使ったら……


 意識が薄れ始める。

 現れかけた異空間はすぐに消え、立っていられなくなった俺は床へ倒れ込んだ。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?