黒蛇に飲み込まれた腹の中には、先に飲まれたトゥッティや6つの心臓が転がっている。
それらは俺がかけた【
影響があるとしたら、腹が膨れたくらいだろう。
「
黒蛇の体内で、俺は【聖なる力】を放つ。
下位の魔族なら消滅する力だけど、魔王が消滅することは無い。
目的は、魔王が持つ闇の浄化。
しかし、かなり強く発動したのに、浄化は効果が無かった。
巨大な消化器官の中は、黒い霧が満ちている。
毒があるのか、完全回避の効果が発動して、俺の身体から黒い霧が排出されると、黒水晶のような結晶となって次々に転がった。
胃の辺りまで来ると、消化液が俺を避けて円状の安全地帯を形成する。
魔王の急所となる核は心臓の部分だから、消化器官内からは見えなかった。
『魔王なだけあって、闇の力がかなり強いみたい』
『そうだね』
『この子、魂が完全に闇に染まってるよ』
腕輪の中から、セレネが話しかけてくる。
魔王に転生した詩川琉生の魂は、漆黒の闇に染め上げられているようだ。
浄化の光を何度か浴びせても、黒蛇の体内は一向に変化しなかった。
『これは、かなり全力でやらないと浄化できないな』
『エカの最終奥義くらいの力が必要だと思うわ』
セレネと念話を交わしつつ、俺はベルトポーチから世界樹の花の砂糖漬けを取り出して、口に放り込んだ。
これまでに聖なる力を結構使いまくったから、眠気がきている。
俺が眠くなるのは、生命力が残り少ないことを示す警告だ。
生命力を全回復させる世界樹の花を食べたら、眠気は無くなった。
【
生命力がフルの状態で発動しよう。
『じゃあ、気合いを入れて全力放出だ!』
『頑張って!』
黒い霧が視界を妨げる中、俺は自分の身体から白い光を放ち始める。
この程度じゃダメ、もっと強く。
光量を上げながら、俺は思う。
黒蛇の胃の中を埋め尽くすくらいの光になったら、辺りが揺れ始めた。
『おいイオ、大丈夫か? ルイが暴れてるぞ』
異空間に匿われつつ黒蛇の様子を見ているエカから、そんな念話がきた。
この揺れは、黒蛇が抵抗してのたうち回ってるからか。
『大丈夫、浄化を嫌がってるだけだよ』
『そ、そうか』
体内が見えないエカたちを安心させたところで、更に光量を上げる。
光は黒蛇の胃の外にも広がり、揺れも更に激しくなった。
まだ足りない。
ちょっと目眩がしたので、ベルトポーチから持続回復チョコを出して口に放り込む。
生命力消費、多いな。
この身体は神様が前衛型として創ったものだから、生命力は一般的な世界樹の民よりもかなり高い。
爆裂魔法使いのエカも生命力は高いけど、俺の生命力はそれを上回る。
エカが使う最終奥義と同等の消費なら、俺の生命力は残る筈だ。
「そんな暗いところにいないで、こっちへおいで」
俺は、ルイの魂に呼びかける。
セレスト家のみんなを代表して。
ルイはみんなに愛されている。
こんな闇の中にいなくても、居場所がある子だ。
「みんな、君の帰りを待っているよ」
俺が放つ白い光に、虹色が混ざり始める。
それが何かはすぐに分った。
薄い本の主人公が得たものと同じ、親しい人々の想いから生まれる護りと癒しの光だ。
この光は、ルイのために使うもの。
「帰ろう、本当の居場所へ」
俺が呼びかけた直後、虹色の閃光が辺りを覆う。
その光は黒蛇の全身に広がり、黒い巨体を透明な硝子のように変えて、粉々に砕いた。
トゥッティと6つの心臓も、透明な硝子のようになり、一緒に砕けて消え去る。
体内にいた俺は床へ降り立ち、続いて落ちてきた小さな女の子を両手で抱き止めた。
フワフワと落ちてきた子供には、魂はあっても心が無い。
腕輪に宿って待っていたセレネの出番だ。
『セレネ、任せたよ』
『はぁい』
セレネは微笑むと、俺に抱かれた女の子に宿る。
糸が切れた人形みたいに動かなかった子供が、目を開けて抱きついてきた。
『上手くいったか?』
『ルイ、相変わらずパパ大好きだな』
異空間の中から、エカとジャスさんが言う。
俺に抱きついている子供は、さっきまでの無表情が嘘のように、満面の笑みを浮かべていた。
「名前はセレネでいい?」
「うん。現世パパが付けてくれた名前がいい」
これからこの子は、セレネとして生きる。
詩川琉生はもういないけれど、魂はそこにある。
この子が俺をパパと呼ぶのなら、それを受け入れよう。
「ところでパパ」
「ん?」
「そろそろ、ここから逃げた方がいいんじゃない?」
「……そうだね」
完全回避があるから気にしてなかったけど。
巨大な黒蛇が大暴れしたせいで、地下シェルターが崩れ始めている。
「それじゃ、セレスト家に移動します!」
「お、おう」
「みんなお腹空いたろう? 少し遅いけど、夕飯食べて行きなさい」
俺はセレネを抱いて異空間の中に入り、エカたちと一緒に空間移動した。
◇◆◇◆◇
セレスト家の居間に現れた4人を見て、待っていた3人がホッとしたような笑みを浮かべる。
「この子の名前はセレネ。ルイの魂をもつ子です」
俺は彼女の今の名前を皆に告げた。
ルイの転生者として紹介すると、ソナ、フィラさん、リヤンが嬉しそうに集まってくる。
「セレネ、いい名前ね」
「孫が女の子になってビックリだけど、かわいいのは変わらないわ」
「俺のこと、お兄ちゃんって呼んでくれる?」
囲まれるセレネも嬉しそう。
連れて来れて本当に良かった。
さて、そろそろ禁書閲覧室へ行こう。
カリンが俺の帰りを待っているから。
『人を待たせているから、ちょっと図書館へ行ってくるよ』
『はぁい』
念話でセレネには伝えた。
彼女にカリンを紹介するのは、またあとで。
セレネを囲む人々に気付かれないように、俺は空間移動で禁書閲覧室へ向かう。
……筈だった。
空間移動を発動しかけた途端、俺は猛烈な睡魔に襲われた。
そうだ、忘れてた。
空間移動も生命力消費じゃないか。
ルイの魂の浄化で生命力大量消費して、4人分の空間移動でまた消費して、今また使ったら……
意識が薄れ始める。
現れかけた異空間はすぐに消え、立っていられなくなった俺は床へ倒れ込んだ。