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第56話:家族の思い

 あ、また飲まされた。

 ぼんやり目覚めた時、最初に思ったことはそれだった。

 唇に触れる柔らかいものが何かは、もう分かる。


 最近、自分では使わなくなったけど、味は覚えている完全回復薬エリクサー

 これを使ったってことは、多少は生命力が残ってたんだな。

 生命力を全て使い切っていれば、不死鳥が4羽もいる家庭で、口移しで薬を飲ませるなんてことはなかっただろう。


 ……で。


 俺に完全回復薬を飲ませたのは誰?


 ぼーっとしながら目を開けて、視界に入ったのはセレネの顔だった。

 飲ませてくれたのはセレネか。

 俺が意識を取り戻したことに気付いて、セレネは重ねていた唇を離した。

 この子、転生間もないからファーストキスというやつじゃなかろーか?

 いいのかな?

 人命救助だし、身内はノーカウントというから本人は気にしてないのかもしれない。


「パパ、こんなとこで寝ちゃダメよ」

「う、うん」


 微笑むセレネに支えられながら、身体を起こす。

 周囲を見回すと、完全回復薬の空き瓶を片手に持ったまま、呆然としているエカがいた。


 セレネは、完全回復薬なんて持ってなかった筈。

 ってことは、あの空き瓶の中身が、俺に飲ませた薬か。

 多分、俺が倒れたことに気付いて、エカが完全回復薬を取り出したらしい。

 それをセレネが奪って口に含み、空き瓶をエカの手に返したか。

 浄化されても、魔王ならではの身体能力は残っているんだな。

 エカ、自分でやらずに済んで良かったじゃないか。

 俺もどうせ口付けされるなら、兄よりも可愛い娘の方がいいからな。


「あ、どうもお騒がせしました」


 エカの後方で、同じく呆然としているセレスト家の人々と不死鳥4羽に、俺は苦笑しながら言ってみた。

 彼等もセレネの速度を目視できなくて、困惑しているみたいだ。


「とりあえず、何が起きたのか説明してくれるかな?」


 ようやく口を開いたのはジャスさん。

 剣聖の彼なら、セレネの動きを目視できたのかもしれない。


「えーと、俺が倒れたから、セレネが完全回復薬を飲ませてくれたみたいな?」

「どうして倒れたのかな?」


 あれ? ジャスさん怒ってる?


「えーと、生命力が残り少ないのを忘れて、空間移動しようとしたから?」

「ちょっと待て」


 今度はエカが割り込んできたぞ?


「お前がエルティシアで得た力って、魔力消費じゃないのか?」

「あの世界には魔力の概念は無いよ」

「じゃあ、何を消費するんだ?」

「生命力」


 答えた途端、俺はエカにかっさらわれて寝室へ運ばれた。

 セレネが「お大事に~」とか言って笑顔で手を振ってる。

 安静にしなくても、もう完全回復してるけど。


「大丈夫だよエカ、今は元気だから」

「聞いてなかったぞ、生命力消費なんて」

「そういや言ってなかったね」


 宥めようとしたけど、エカは俺をベッドに寝かせて不機嫌な声で言う。

 カリンのところへ行きたいんだけど、空間移動を今使うと怒られそうだな。


「あの黒蛇を消し去った力も生命力消費か?」

「消費は俺の生命力だけど、エカたちがルイを大切に思う気持ちも入ってるよ」

「魔法じゃないから分からんけど、かなり強い力だよな?」

「うん、エカの最終奥義くらいの力だよ」


 ルイの魂の浄化に使った光は、エルティシアでいう【七徳の光ナークス】を、俺なりに解釈したものだ。

 七徳の光は、本来は術者本人を護り癒す効果を持つ。

 俺はそれをルイに向けて放ち、魂の闇を祓う光に変えた。


「お前、存在の完全消滅デストリュクシオンが俺の全生命力消費って知ってるよな?」

「知ってるよ。でも俺はエカよりも生命力が多いから、同じ力を使っても死なない」

「で、その後に倒れるのは何なんだよ?」

「あー、それはアレだ。空間移動も生命力消費ってこと、コロッと忘れてたってやつ?」

「……そんな大事なこと忘れんなよ……」


 うっかりやらかしたと話したら、エカに溜息をつかれてしまった。

 普段なら、眠気があるときは使わないんだけどさ。

 七徳の光ナークスを放った直後は、眠気を通り越してナチュラルハイになっちゃって、完全に忘れてたんだよ。


「エカの召喚獣が不死鳥なのは何故か、知ってるかい?」


 声が聞こえたので俺とエカが振り向くと、寝室の出入口にジャスさんが立っている。

 さっきとは違って、怒ってる感じは無い。

 何か諭すような、穏やかな口調で言うと、ジャスさんは部屋の中に入ってきた。


「爆裂魔法を使って死んでも復活できるように、だろ?」

「そうだ」


 エカが答えると、ジャスさんは頷いた。


「では、アズの召喚獣が不死鳥じゃないのは何故か、知ってるかい?」

「爆裂魔法使いじゃないから?」

「違う。【完全回避】を持っているから。死なない子だから不死鳥ではなく、幸せになるように福音鳥を召喚獣にしたんだ」


 ジャスさんの問いに俺が答えたら、真実は違うものだと知らされた。


 ユニークスキル【完全回避】を持つ者は、ケガをすることも、病気に罹ることも、毒物に害されることも無い。

 アズが福音鳥ハピネスを与えられたのは、幸せに生きられるようにという願いからだった。


「フラムやベノワが何故、転生したお前たちにも付いていたと思う? 生まれ変わっても、その効果が及ぶように願いを込めたからなんだよ」

「転生者に記憶があっても無くても、召喚獣の守護があるように願ったの」


 ジャスさんの言葉に続くように言いながら、フィラさんも部屋の中に入ってくる。

 夫婦は並んでベッドサイドに立ち、揃って俺に頭を下げた。


「イオ、あの時はすまなかった」

「私たちは、あなたに前世の記憶が無くても愛してる」


 2人の言葉に、俺はすぐ反応できなかった。

 ずっと【アズ】だけが求められていると思っていたから。


「もしも許してもらえるなら、あなたに贈りたい名前があるの」

「私たちの息子として、イオに名付けをしてもいいだろうか?」


 名前……。


 俺は日本人だった頃の名を覚えていない。

【イオ】というのは神様が魂に付けた名前で、俺個人の名前じゃない。

 家族に呼んでもらう名を、俺は持っていなかった。


「もらえるのなら、欲しいです」


 俺は願った。

 自分だけの名が欲しいと。


「では、これをあなたに贈りましょう」


 そう言って、手渡されたのは世界樹の葉。

 そこには、俺だけの名前が書かれていた。


「サフィール。遠い異世界の言葉で、青い宝石を意味する名前なの」

「これからは、君のフルネームはイオ・サフィール・セレストだよ」


 前世の両親が、名前をくれた。

 その日、俺は【イオ】から【サフィール】になった。




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