あ、また飲まされた。
ぼんやり目覚めた時、最初に思ったことはそれだった。
唇に触れる柔らかいものが何かは、もう分かる。
最近、自分では使わなくなったけど、味は覚えている
これを使ったってことは、多少は生命力が残ってたんだな。
生命力を全て使い切っていれば、不死鳥が4羽もいる家庭で、口移しで薬を飲ませるなんてことはなかっただろう。
……で。
俺に完全回復薬を飲ませたのは誰?
ぼーっとしながら目を開けて、視界に入ったのはセレネの顔だった。
飲ませてくれたのはセレネか。
俺が意識を取り戻したことに気付いて、セレネは重ねていた唇を離した。
この子、転生間もないからファーストキスというやつじゃなかろーか?
いいのかな?
人命救助だし、身内はノーカウントというから本人は気にしてないのかもしれない。
「パパ、こんなとこで寝ちゃダメよ」
「う、うん」
微笑むセレネに支えられながら、身体を起こす。
周囲を見回すと、完全回復薬の空き瓶を片手に持ったまま、呆然としているエカがいた。
セレネは、完全回復薬なんて持ってなかった筈。
ってことは、あの空き瓶の中身が、俺に飲ませた薬か。
多分、俺が倒れたことに気付いて、エカが完全回復薬を取り出したらしい。
それをセレネが奪って口に含み、空き瓶をエカの手に返したか。
浄化されても、魔王ならではの身体能力は残っているんだな。
エカ、自分でやらずに済んで良かったじゃないか。
俺もどうせ口付けされるなら、兄よりも可愛い娘の方がいいからな。
「あ、どうもお騒がせしました」
エカの後方で、同じく呆然としているセレスト家の人々と不死鳥4羽に、俺は苦笑しながら言ってみた。
彼等もセレネの速度を目視できなくて、困惑しているみたいだ。
「とりあえず、何が起きたのか説明してくれるかな?」
ようやく口を開いたのはジャスさん。
剣聖の彼なら、セレネの動きを目視できたのかもしれない。
「えーと、俺が倒れたから、セレネが完全回復薬を飲ませてくれたみたいな?」
「どうして倒れたのかな?」
あれ? ジャスさん怒ってる?
「えーと、生命力が残り少ないのを忘れて、空間移動しようとしたから?」
「ちょっと待て」
今度はエカが割り込んできたぞ?
「お前がエルティシアで得た力って、魔力消費じゃないのか?」
「あの世界には魔力の概念は無いよ」
「じゃあ、何を消費するんだ?」
「生命力」
答えた途端、俺はエカにかっさらわれて寝室へ運ばれた。
セレネが「お大事に~」とか言って笑顔で手を振ってる。
安静にしなくても、もう完全回復してるけど。
「大丈夫だよエカ、今は元気だから」
「聞いてなかったぞ、生命力消費なんて」
「そういや言ってなかったね」
宥めようとしたけど、エカは俺をベッドに寝かせて不機嫌な声で言う。
カリンのところへ行きたいんだけど、空間移動を今使うと怒られそうだな。
「あの黒蛇を消し去った力も生命力消費か?」
「消費は俺の生命力だけど、エカたちがルイを大切に思う気持ちも入ってるよ」
「魔法じゃないから分からんけど、かなり強い力だよな?」
「うん、エカの最終奥義くらいの力だよ」
ルイの魂の浄化に使った光は、エルティシアでいう【
七徳の光は、本来は術者本人を護り癒す効果を持つ。
俺はそれをルイに向けて放ち、魂の闇を祓う光に変えた。
「お前、
「知ってるよ。でも俺はエカよりも生命力が多いから、同じ力を使っても死なない」
「で、その後に倒れるのは何なんだよ?」
「あー、それはアレだ。空間移動も生命力消費ってこと、コロッと忘れてたってやつ?」
「……そんな大事なこと忘れんなよ……」
うっかりやらかしたと話したら、エカに溜息をつかれてしまった。
普段なら、眠気があるときは使わないんだけどさ。
「エカの召喚獣が不死鳥なのは何故か、知ってるかい?」
声が聞こえたので俺とエカが振り向くと、寝室の出入口にジャスさんが立っている。
さっきとは違って、怒ってる感じは無い。
何か諭すような、穏やかな口調で言うと、ジャスさんは部屋の中に入ってきた。
「爆裂魔法を使って死んでも復活できるように、だろ?」
「そうだ」
エカが答えると、ジャスさんは頷いた。
「では、アズの召喚獣が不死鳥じゃないのは何故か、知ってるかい?」
「爆裂魔法使いじゃないから?」
「違う。【完全回避】を持っているから。死なない子だから不死鳥ではなく、幸せになるように福音鳥を召喚獣にしたんだ」
ジャスさんの問いに俺が答えたら、真実は違うものだと知らされた。
ユニークスキル【完全回避】を持つ者は、ケガをすることも、病気に罹ることも、毒物に害されることも無い。
アズが
「フラムやベノワが何故、転生したお前たちにも付いていたと思う? 生まれ変わっても、その効果が及ぶように願いを込めたからなんだよ」
「転生者に記憶があっても無くても、召喚獣の守護があるように願ったの」
ジャスさんの言葉に続くように言いながら、フィラさんも部屋の中に入ってくる。
夫婦は並んでベッドサイドに立ち、揃って俺に頭を下げた。
「イオ、あの時はすまなかった」
「私たちは、あなたに前世の記憶が無くても愛してる」
2人の言葉に、俺はすぐ反応できなかった。
ずっと【アズ】だけが求められていると思っていたから。
「もしも許してもらえるなら、あなたに贈りたい名前があるの」
「私たちの息子として、イオに名付けをしてもいいだろうか?」
名前……。
俺は日本人だった頃の名を覚えていない。
【イオ】というのは神様が魂に付けた名前で、俺個人の名前じゃない。
家族に呼んでもらう名を、俺は持っていなかった。
「もらえるのなら、欲しいです」
俺は願った。
自分だけの名が欲しいと。
「では、これをあなたに贈りましょう」
そう言って、手渡されたのは世界樹の葉。
そこには、俺だけの名前が書かれていた。
「サフィール。遠い異世界の言葉で、青い宝石を意味する名前なの」
「これからは、君のフルネームはイオ・サフィール・セレストだよ」
前世の両親が、名前をくれた。
その日、俺は【イオ】から【サフィール】になった。