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第57話:サフィール

「これからは、あなたをサフィと呼ぶわ」

「サフィ、離れて暮らしていても、時々ここへ帰ってきてくれるかい?」


 両親が、愛称で俺を呼んでくれる。

 前世アズールではなく、現世サフィールの愛称で。


 俺に贈られた名前【サフィール】は、異世界・地球の青い宝石のこと。

 フランス語でサファイアを表す名前だ。

 サファイアは和名を蒼玉そうぎょくといい、石言葉は「誠実」「慈愛」「徳望」の他に、「平和を祈り、一途な想いを貫く」というのがあるそうだ。

 両親は俺が異世界転移者だから、生まれ故郷の青い宝石を調べて、我が子の未来への願いを込めて名付けてくれた。


「学校にはまだ通うんだろ? 母さんが魚の煮つけを作る日は、呼びに行くからな」

「って、それ念話で報せればいいような?」

「迎えに行きたいのよ、エカは」


 見た目の年齢が全然違う双子の兄は、随分と過保護だ。

 兄嫁はニコニコしていて、夫が弟を構い過ぎても放置している。


 両親も兄夫婦も、アズが何も言わずに逝ってしまったのが悲しかったそうだ。

 神様から地球への転生を命じられたことを、アズは両親に話してなかった。

 それはエカも同じだけど、エカの場合はソナに頼んで両親にメッセージを残していたらしい。

 アズは両親には何もメッセージを残さなかった。

 その最期を看取ったのは詩川琉生だけで、どんな会話を交わしたのかは誰も知らない。



「俺には、エルティシアという世界で家族になってくれた女の子がいるんだ」


 自分だけの名前を貰った後、俺はセレスト家の人々に告げた。

 禁書閲覧室で俺を待っているカリンを、みんなに紹介するために。


「家族になる……ということは、その女の子はサフィのお嫁さんかな?」

「嬉しいわ。女の子の家族がまた増えるのね」


 ジャスさん改め、父さんがニコニコしながら言う。

 フィラさん改め、母さんも喜んでくれた。

 寝室には、セレネやソナたちを含めた家族が集まっている。


「お嫁さんじゃなくて、『お母さんになってあげる』って言われたよ」

「「えっ?!」」

「だ、駄目っ。サフィは私の子よ」


【お母さん】というワードに、先に反応したのは、セレネを含めた女性陣。

 母さんは慌てて俺を抱き締めた。


「歳上の女性かい?」

「サフィお前、まさか子供のフリして成人女性を口説いたのか?」


 男性陣には、俺の年齢詐称を疑われた。

 身体は6歳、心は20歳、俺が成人女性を恋愛対象にするかもと思われたようだ。


「違うよ、6歳の女の子だよ」

「どうしてそうなった……?」


 俺が相手の年齢を告げたら、エカが鼻の穴広げて真顔になりながらツッコミを入れた。

 以前エカとソナとリヤンには、エルティシアで家族になってくれた人の話はしてある。

 でも、カリンに会わせる前に魔王騒ぎが起きて、すっかり忘れられていた。


 まあ、困惑されても仕方ない。

 カリン本人を連れて来た方が分かりやすい。


「ちょっと連れてくる」

「あ! こら!」


 って言って、俺は禁書閲覧室へ空間移動した。

 過保護なエカが1人慌てていたけど、気にしない。



 ◇◆◇◆◇



 アサケ学園図書館、禁書閲覧室。


「終わったみたいだね」

「うん」


 神霊タマが全て見通したように微笑む。

 俺もタマに笑みを向けて答えた。


 幸い、カリンは待ちくたびれてはいなかった。

 タマが気を利かせたようで、座る椅子がリクライニングチェアになってるぞ。

 カリンは大好きな読書を存分に楽しめて、大満足している。

 タマが作る美味しい食事やお菓子やお茶で、お腹も大満足のようだ。

 トイレなら図書館にあるから、全く不自由なく長時間過ごせたらしい。

 きっと下手なネカフェより居心地が良かったに違いない。


「お帰り。なんだか物凄い力の流れが視えたけど、魔王と戦ってたの?」

「うん、そんな感じ」

「虹色の閃光が視えたわ」

「うん、七徳の光ナークスを使えたよ」


 聖なる力が視えるカリンには、俺が何をしてたか分ったみたいだ。


「それと、家族が増えた」

「それは良い事ね」


 報告を受けて、カリンは嬉しそうに微笑む。

 彼女は家族を欲していた子だから、きっと喜んでくれる筈だ。

 俺はカリンに、今日起きたことを全て話した。


 前世の血縁者が、現世おれも必要だと言ってくれたこと。

 魔族に騙されて魔王になっていた子供を助けたこと。

 名前をもらったこと。

 カリンがお母さんになってくれる話をしたら、前世の母がダメと言っていたことも。


「お姉ちゃんにしておいて正解だったわね」

「お嫁さんを期待してるみたいだよ?」

「あなたが母性本能をくすぐるうちは、ないわ」

「……ソウデスカ」


 カリンは、以前俺に言われて「お姉ちゃん」で妥協済みだ。

 相変わらずお嫁さんになるという発想が無いのが、残念なような、予想通りのような。

 彼女にとって、まだ俺は母性本能を刺激する存在だった。


「でも……」


 ふと思いついたように、カリンは言う。

 大人びた微笑みを浮かべて。


「サフィ、あなたがもっと背が高くなって、カッコ良くなったら考えてもいいわ」


 ……お?

 これは未来に期待していいやつか? 


「新しい家族に、一緒に会いに行ってくれる?」

「ええ、喜んで」


 カリンの承諾を得て、俺は彼女と手を繋いで空間移動した。




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