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第7話:心の隔たり

 エレアヌにきっぱりと言い切られて返す言葉に困り、オルジェと呼ばれた若者はしばし沈黙する。

 他の人々は相変わらず怯えた目で、リオの方をチラチラと盗み見ていた。

 リオが気付いてそちらを向くと、誰もが慌てて視線を反らす。

 話しかけられたくない、関わりたくないという心の声が聞こえるようだった。


(……そこまで嫌がらなくてもいいのに……)

 リオは小さく溜息をついた。

 黒髪・黒い瞳は邪悪な者という思い込みに呆れたりもする。

 エレアヌが説明しても、理解した様子は無かった。

 人間は自分で確かめたものしか信用しない。

 それは、どこの世界でも同じであるらしい。


(……そんなに嫌なら、僕を日本に帰してくれないかな?)

 連れて来られた理由がまだよく分からないけれど、嫌われてまでここに滞在しようとは思わない。

 エレアヌに「帰らせて」と言いかけた時、腕の中でシアルが身動ぎした。

「気が付いたか?」

 小声で問うても、応えは無い。

 どうやら、意識は戻っていないらしい。


 それを悟ると、リオは隣に立つエレアヌの方を向いた。

「寝かせた方がいいんじゃないかな?」

「そうですね。行きましょう」

 穏やかな声でエレアヌは答え、建物の中へとリオを促した。


「賢者様……!」

 人々が慌ててザワつく。

 上品な物腰で振り向いたエレアヌの、足首の辺りまでのびた黄金の髪が、絹糸のように柔らかく揺れた。

「『生命の木ヴィモール』の上空を御覧なさい。この方がリュシア様である証の一つがあります」

 そう言い残すと、エレアヌはリオを案内し、神殿の奥へ入っていった。



 建物の中央に位置する大広間には、リオの背丈ほどもある、巨大な水晶の塊が置かれた祭壇があった。

 それは、エルティシアの創造神エルランティスを祭るものだ、とエレアヌが説明した。

 その他の部屋は、ほとんどが白き民達の居住箇所となっていて、小学校の給食室並みの規模をもつ調理場からは、食事の支度の途中だったのか、香草や香辛料の匂いがたちこめている。


「ここが、リュシア様とシアルの部屋です」

 案内されたのは、二十畳ほどの空間に、ベッドが二つと木の机と本棚があるだけの質素な部屋。


 室内に入ると、エレアヌは意外な事を告げた。

「シアルは小さな頃に両親を魔物に殺され、自分も死にかかっていたところを、リュシア様に救われたのです……」

 淡々と語られる過去を聞きながら、リオはベッドに寝かせた少年の顔を見つめる。


「……以来、シアルは養い子として育てられました。といってもリュシア様は忙しい方でしたので、世話は私が引き受けておりましたけれど……」

 エレアヌは机に歩み寄り、燻し銀の燭台に灯をともした。


 エルティシアの聖地は白夜で、完全には暗くならない。

 明け方か夕刻のような太陽が、白亜の神殿をオレンジ色に染める。


「……シアルを……皆を……許してやって下さい……。リュシア様が亡くなられてから、こちらの世界では数ヵ月しか経っていません。貴方を迎えに行く役目を仰せ付かった私以外の者は、転生者リーンティアの事を詳しく知らされていないのです」

 蝋燭の火を見つめながら、エレアヌは静かな声で言った。



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