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第10話:呼び声

 気を失ったシアルを元のベッドまで運んで寝かせた後、リオは自分に与えられたベッドに寝転がった。

 ウトウトしかけた時、その眠りは心の中に流れ込んでくる【声】に妨げられた。


『……タスケテ……』

 それは、闇の方角から漂ってくる。

『……聖なる青ラズワルドの瞳をもつ……友よ……』

 か細い、今にも消えてしまいそうな声。

『助けて……リオ!』


「誰?!」

 悲痛な呼び掛けに、まどろみの中にいたリオは飛び起きた。

 部屋の中に居るのは、リオとシアルの二人だけ。

 白夜のため辺りは茜色に染まっているが、まだ眠りの時刻なのだろう、神殿内は静まり返っている。

 隣のベッドには、ぐっすり眠るシアル。

 その寝顔は、意外なほど無防備で幼い。

 (シアルの寝言かな?)

 思ったけれど、それは多分ありえない。

 何しろシアルは、リオの名をまだ知らないのだから。



 翌朝、リオは木戸の隙間から流れ込んでくる香草の匂いで目を覚ました。

 シアルは先に起きたのか、室内には居ない。


(……意外と几帳面なんだな)

 整えられた寝台を見て、リオは思う。

 彼は自分の部屋や寝具に無頓着で、母によく叱られる。

 「自分の物くらい片付けなさい」と、何度怒鳴られたことか。


 シアルに母はいない。

 養父のリュシアも数ヵ月前に世を去り、それからずっとこの部屋で一人で寝起きしていたらしい。

 世話役のエレアヌが散らかった部屋を見て怒鳴るところなど、あまり想像出来なかった。


(それとも、エレアヌが片付けたのかな?)

 かなり女性的で柔和な青年の顔が、脳裏に浮かぶ。

 白き民達に「賢者様」と呼ばれていたエレアヌは本来、誰かの身辺の世話をするような身分ではない筈。

 その彼がシアルの面倒をみるようになったのは、リュシアに頼まれたからか、それとも自ら引き受けたのか?

 そんなことを考えつつ、リオはベッドから降り、不器用な手つきで寝具を整え始めた。

 そんな彼を母が見たら、きっと「どういう風の吹き回し?」と言って、目を丸くするに違いない。

 周囲に準じるのは日本人の性、彼はそれに漏れず、整った寝台に倣うことにした。


「あれ? 何か前よりくちゃくちゃになったような……」

 しかし、普段しない事をやろうとしても、上手く出来る筈はない。

 クリーム色のシーツがピンと張れず悪戦苦闘しているうちに、扉を軽く叩く音がした。

「どうしたのですか?」

 返事を待ってから入って来たエレアヌは、木の台とマットの間にシーツを押し込もうと必死になっているリオを見て首を傾げた。


「え? いや、その……」

 返事に困り、リオは冷や汗をかきつつ笑ってみせる。

 状況を把握したのか、エレアヌは柔らかな笑みを浮かべ、リオの方へ歩み寄ると慣れた手つきでシーツのシワをのばし、マットの下に丁寧に折り込む。

 その手際の良さに、リオはコッソリ感動していた。

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