気を失ったシアルを元のベッドまで運んで寝かせた後、リオは自分に与えられたベッドに寝転がった。
ウトウトしかけた時、その眠りは心の中に流れ込んでくる【声】に妨げられた。
『……タスケテ……』
それは、闇の方角から漂ってくる。
『……
か細い、今にも消えてしまいそうな声。
『助けて……リオ!』
「誰?!」
悲痛な呼び掛けに、まどろみの中にいたリオは飛び起きた。
部屋の中に居るのは、リオとシアルの二人だけ。
白夜のため辺りは茜色に染まっているが、まだ眠りの時刻なのだろう、神殿内は静まり返っている。
隣のベッドには、ぐっすり眠るシアル。
その寝顔は、意外なほど無防備で幼い。
(シアルの寝言かな?)
思ったけれど、それは多分ありえない。
何しろシアルは、リオの名をまだ知らないのだから。
翌朝、リオは木戸の隙間から流れ込んでくる香草の匂いで目を覚ました。
シアルは先に起きたのか、室内には居ない。
(……意外と几帳面なんだな)
整えられた寝台を見て、リオは思う。
彼は自分の部屋や寝具に無頓着で、母によく叱られる。
「自分の物くらい片付けなさい」と、何度怒鳴られたことか。
シアルに母はいない。
養父のリュシアも数ヵ月前に世を去り、それからずっとこの部屋で一人で寝起きしていたらしい。
世話役のエレアヌが散らかった部屋を見て怒鳴るところなど、あまり想像出来なかった。
(それとも、エレアヌが片付けたのかな?)
かなり女性的で柔和な青年の顔が、脳裏に浮かぶ。
白き民達に「賢者様」と呼ばれていたエレアヌは本来、誰かの身辺の世話をするような身分ではない筈。
その彼がシアルの面倒をみるようになったのは、リュシアに頼まれたからか、それとも自ら引き受けたのか?
そんなことを考えつつ、リオはベッドから降り、不器用な手つきで寝具を整え始めた。
そんな彼を母が見たら、きっと「どういう風の吹き回し?」と言って、目を丸くするに違いない。
周囲に準じるのは日本人の性、彼はそれに漏れず、整った寝台に倣うことにした。
「あれ? 何か前よりくちゃくちゃになったような……」
しかし、普段しない事をやろうとしても、上手く出来る筈はない。
クリーム色のシーツがピンと張れず悪戦苦闘しているうちに、扉を軽く叩く音がした。
「どうしたのですか?」
返事を待ってから入って来たエレアヌは、木の台とマットの間にシーツを押し込もうと必死になっているリオを見て首を傾げた。
「え? いや、その……」
返事に困り、リオは冷や汗をかきつつ笑ってみせる。
状況を把握したのか、エレアヌは柔らかな笑みを浮かべ、リオの方へ歩み寄ると慣れた手つきでシーツのシワをのばし、マットの下に丁寧に折り込む。
その手際の良さに、リオはコッソリ感動していた。