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第50話:リオとエレアヌ

(……今のは……一体……?)

 夢の余韻を残しつつ、リオは目を覚ました。


「おはようございます。具合はいかがですか?」

 声に気付いて視線を向けると、看病してくれているエレアヌの穏やかな笑顔が視界に映る。


「……夢を見た……。幼い子供の頃の夢を……。でも、あれは僕であって僕じゃなかった……」

「前世の夢ですね」

 普通の人が聞いたら首を傾げるであろうその言葉に、エレアヌは笑みを絶やさずに応えた。


「リュシア様の子供の頃の夢ですか?」

 寝台の上で起き上がろうとするリオの背に片手を添え、手助けしながらエレアヌは問う。


「……いや、違う……。夢の中で母だった人は、僕を『セレスティン』と呼んでいた……」

 軽く首を横に振るリオの脳裏には、先刻の夢の情景がはっきりと焼き付いていた。


「それは、貴方がエメンの民だった頃の名ですね」

 確信をもって答えるエレアヌの言葉に、リオは目を丸くする。


「本当に何でも知ってるんだな、エレアヌは」

「私の前世はセレスティンに出会っていますから……」


 ──…姿は違っても、傍にいます…──


 笑みを浮かべたエレアヌの顔に、よく似た印象をもつ乙女の幻像が重なった。


「少し外へ出ませんか? 大分顔色も良くなられましたし、皆に顔を見せてあげて下さい。貴方が水を撒いてらしたアムルの苗も花をつけていますよ」

「え? たった一ヶ月半で?」

 途端に、リオは元気よく寝台から飛び下りた。

 が、よろけてしまい、エレアヌに抱き留められる。


「アムルの木はそれほど大きくならない代わりに、種を蒔いて一年ほどで実をつけます。リオ様が世話をしたあの苗なら、半年ほどで実がなるかもしれませんね」

 リオを支えながらエレアヌが言う。  

 アムルの苗というのは、シアルが採って来た果実の種をリオが蒔いてみたもので、一週間もしないうちに芽を出し、驚く早さで生長し続ける作物の一つとなっていた。


「見たい、今すぐ行こう!」

「とりあえず着替えましょうね」

 エレアヌは介護慣れした様子でリオを着替えさせる。

 パジャマ代わりの薄手の長衣を脱がせて、枕元に置いていた衣服を着せてゆく。

 白地に青い糸で刺繍を施した、少し長めのシャツと、やや細めのズボンは、少年だった頃のリュシアが身に着けていたもの。

 シャツを押さえる役割をする青い飾り帯も、ここ数年ほど、衣装箱の奥にしまい込まれたままだった。


「では行きましょうか」

「うん」

 エレアヌは目元をほころばせて微笑むと、ずっと寝ていたためか時々ふらつくリオを支えたりしながら歩き出した。



 廊下に出ると、床の拭き掃除をしていた者達が、二人に気付いて顔を上げる。

「もう歩いても大丈夫なのですか?」

 その中には、ミーナの姿もあった。

 ケロイド状の傷痕が無くなった少女は、衣服の両袖を肘より上までまくり上げている。

「平気平気、もう走れるくらいだよ」

 言って、その場で駆け足の足踏みを始めようとして、やっぱりよろけるリオ。

 それを支えて、エレアヌが苦笑した。


「そういう無茶をするなら歩かせないで背負いますよ? 貴方は昨日まで、殆ど眠っている状態だったのですから」

「……ごめん」

 静かに叱られて、リオは素直に謝る。


 瀕死の状態でラーナ神殿に戻ったリオは、エレアヌと人々が【協力】して起こした奇跡によって傷を癒やされた。

 しかし体力は消耗したままで、一日の大半を眠って過ごす日々がその後1週間ほど続いた。

 そして今日、やっと歩けるまでに回復したのだから、介護していたエレアヌに叱られるのも無理はない。


 「貴方は昔から、自分を大切になさらない。心配する者が大勢いる事を、いつもお忘れになっておられる」

 「昔から」という言葉に前世もそうであったという意味を含ませ、心配する人間の代表格であるエレアヌは、リオにお説教をする。


「そんな事では困ります」

「……わ、分ったよエレアヌ」

 威圧的ではないが妙に迫力のあるエレアヌに、リオは勝てない。


(普段おとなしい人が怒ると怖いっていうのは、本当だな……)

 密かに、そんなことを思ったりもした。


 廊下を歩き去ってゆく二人を、ミーナ達が声を抑えて笑いながら見送る。

「そういえば、リュシア様もエレアヌ様には頭が上がらなかったよな」

 誰かが言う。

 無茶をする人と、適当なところで止めに入る人。

 生まれ変わっても、その関係は変わらないようだ。


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