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第51話:アムルの花

「リオ!」

 外に出ると、畑の真ん中に座っていたシアルが立ち上がり、すぐに駆け寄って来る。


「アムルの花、見にきたんだろ?」

「どうしてそれを?」

「今朝エレ兄が言ってたんだ。そろそろ歩き回ってもいい頃だし、畑の方まで散歩出来るだろうって」

 彼の問いに、シアルは笑顔のまま答える。


「アムルの木に花が咲いたって聞けば、お前なら絶対見にくると思ったんだ」

 シアルはリオの片手を掴み、畑の方へと引っ張ってゆく。

「もう少し歩調を緩めなさい、リオ様を疲れさせないように」

 走り出しそうな勢いのシアルを、医者代りのエレアヌが慌てて窘めた。


「そっか、悪い」

 シアルは素直に従い、リオに合わせる様にして歩き始める。

 その行く手にはもう、白っぽい花を付けた若木が見えてきていた。

「……これがアムルの花?」

 近くまで来ると、リオは地面に膝をつき、高さ五〇センチほどの小さな木に咲く満開の花々を見つめる。

 五枚の花びらをもつそれは、よく眺めると白ではなく、淡いピンク色をしていた。


(桜に似てるな……)

 かわいらしい花びらの一つにそっと触れ、リオは故郷の花を思い出す。

 ここに来るきっかけとなった図書館には、菩提樹以外にもたくさんの木々が植えられていて、桜の木も何本かあった。

 毎年春になれば満開の花をつけるその木々を好んでいたのは、彼だけではない。

 本を借りに来た人々は年齢性別関係なく、一度はその花に目を奪われた。

 時には飲み会帰りの酔っ払いが、その木の下で二次会だか三次会だかを始めたりもする。


(……あと半月で、ここに来てから二ヶ月か。向こうでは正月も終わった頃かなぁ……。あと三ヶ月も経てば桜の季節がくる。それまでに、僕は日本に帰れるだろうか……?)

 エルティシアに来て以来、次々に色々な事が起きたため考える機会がなかった元の世界、桜に似たアムルの花は、日本人である彼の心に淡い郷愁を生み出した。


「大丈夫ですか? もしや、お疲れになられたのでは……」

 微かに溜め息をつくリオの顔を、エレアヌが心配そうに覗き込む。


「え? ち、違うよ」

 リオはハッと我に返り、慌てて片手をヒラヒラと振ってみせた。

 もう一度アムルの花に視線を向けた後、彼は立ち上がり片膝についた土を払う。


(……きっと帰ってみせる。……この世界で成すべき事を済ませたら……)

 その胸の内には、灯にも似た思いが宿っていた。

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