「……貴方は本当に似ておられる……」
穏やかな微笑みを浮かべ、エレアヌはリオの隣に腰を降ろす。
「だから心配なのです。貴方がリュシア様と同じ事をするのではないかと。私だけではありません。神殿に住む者全員が、同じ思いを抱いています」
ふいにその笑みが消え、柔和な顔立ちの青年は真剣なまなざしを童顔の少年に向けた。
「……同じ事って……?」
転生者の少年の問いに、若き賢者は溜め息を漏らし、やがて語り始める。
「この地を護る結界の事は御存じですね? ラーナ神殿を包む目に見えぬ守護壁と、大地に伸びる巨大な地割れ。どちらもリュシア様が一人で為されたものです」
確認の意を込めた言葉に対し、リオは頭を縦に振った。
「ですが、それはあまりに大きな力のため、達成するには犠牲が必要でした」
淡々と語る青年の、橄欖石のような双眸は微かに揺れている。
そこから地面へと落ちてゆく一筋の涙が、僅かに首を傾げる少年の瞳に映った。
「犠牲……?」
「……リュシア様の【命】です……」
震える声が告げた事実に、リオは息を飲む。
「リュシア様は、民とこの地を護るため、自分の生命力を全て使い、強大な二重結界を張ったのです…」
言い終えると、エレアヌは目を伏せた。
リオにとっては生まれる前の事でも、この世界では一年も経たぬ過去。
転生者の出現によって人々は笑顔を取り戻したものの、その心の奥には今も悲しみの翳が残っている。
エレアヌは、人々の中でただ一人、リュシアの最期を見届けた者だった。
―――「俺の生まれ変わりを探してくれ。お前なら出来る筈だ」
一抱えもある水晶の原石に片手を置き、青銀の髪をもつ青年は低いがよく通る声で言う。
「俺は異なる世界に転生する。向こうの時間で約十五年、こちらの時間で数ヵ月過ぎた時、精神飛翔が可能となる。迎えを頼む」
その身体から、白い靄の様な光が滲み出し、水晶と彼とを覆ってゆく。
「お待ち下さい!」
エレアヌは悲痛な声を上げた。
駆け寄りたくても、透明なドーム状の結界に遮られ、近付く事が出来ない。
その目前で、白き民の若長は水晶の助けを借り、自らの力を最大限にまで高めてゆく。
「大丈夫、俺は必ず戻る」
フッと笑みを浮かべた後、青年の姿は白銀の閃光に覆われた。
強烈な光は急速に広がり、まぶしさにエレアヌは両目を閉じる。
物音がして、恐る恐る目を開けた直後、エレアヌの心臓は凍りそうになった。
白亜の床に、青銀の髪の若者が倒れている。
「リュシア様っ!」
慌てて駆け寄り抱き起こしても、その身体は身動き一つしなかった。
何度も名を呼び、揺さぶってみたけれど、閉じた瞼は開かない。
「……そんな……」
震えながら胸に耳を押し当てたエレアヌは、そう呟いたきり言葉を失った。
……鼓動が、聞こえない……。
白き民の長リュシア=ユール=レンティスは、緑の賢者エレアヌ=オリビンに抱き起こされた時には、既に事切れていた。
自分の全生命力を結界の為に使い果たした青年の死に顔は、眠っているかの様に安らかであった…―――――――。