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第63話:怨霊と聖剣

  やがてその先に、灰色の空域が見え始める。

「……あれが……死の大陸ですか……?」

 その下にある、空よりやや薄い色の大地を見つめ、ミーナが声をひそめて問うた。


「この廃墟が、我々の祖先の都市……エメンの都だったのですか?」

 瓦礫の転がる地面に降り立つと、オルジェが周囲を見回し問う。

 静かに頷くエレアヌの横で、シアルが腰を低く落として構えた。

「気を付けろよ。前にここへ来た時は、変な奴等が襲ってきたんだ」

 その右掌から光明が発せられ、聖剣が姿を現した。

 直後、地面から黒い霧が吹き出し、無数の人面と化してゆく。

「出たな化け物!」

 シアルが、リオを背後に庇った。


「生きていたとはな」

 薄暗い広間の奥、黒曜石に似た石の玉座に座り、ディオンは唇の端を吊り上げた。

 目の前にある水鏡には、眉を寄せて黒い霧を見つめるリオの顔が映し出されている。

「あの傷では助かるまいと思っていたが、なかなかしぶとい」

 薄い唇から、含み笑いが漏れる。

「だが、そうでなければ面白くない」

 ついと立ち上がり、黒衣の青年は自分の瞳と同じ色の宝玉に歩み寄り、片手を置いた。

「古の怨霊宿りしもの、その憎しみのままに敵を滅ぼせ」

 玲瓏とした声が、薄闇の中に響き渡った。


『小僧、ソイツヲコッチニヨコセ』

『我等ノ手デ引キ裂イテクレル』

 殺意……憎しみに満ちた、顔の群れ……

「誰が渡すかっ!」

 それを鋭い瞳で睨み、シアルは怒鳴った。


「かつては黒き民と交流のあった貴方達が、何故そこまで敵対心をもつのです?」

 その背後でリオを庇う様に抱き寄せながら、エレアヌが感情を抑えた低い声で問う。

『我等ハ、黒キ民ニ滅ボサレタ』

『都ヲ破壊サレ、逃ゲマドウ我等ヲ、奴等ハ魔物ノ餌食ニシタ』

『我等ハ決シテ許サヌ、我等カラ全テヲ奪ッタ黒キ民ヲ』

 大地が、鳴動し始める。

 現れた土の人形に、怨霊と化したエメンの民は次々と潜り込んでいった。

『闇ニ染マッタ者ヲ庇ウナラ、貴様等モ敵。一緒ニ冥府ヘ落チルガイイ』

 闇人形は集結し、次第に巨人と化してゆく。

「させるか!」

 シアルの手にした聖剣が、黄金の光を放ち始めた。


(……もう二度と、同じ過ちは繰り返さない……)

 命を救ってくれた者と、育ててくれた者。

 二人を背後に庇いながら、聖剣の主は大きなサファイアを思わせる瞳で悪しき巨人を睨む。

「リオとエレ兄は俺が護る。お前等なんかに殺させはしないっ!」

 強い意思を込めて叫んだ瞬間、夜明けの光の剣は激しい光を放った。


『……ソノ光ハ……。闇ニ味方スル者ガ何故ソンナ光ヲ……』

 初めて、怨霊が憎しみ以外の感情を示す。

 明らかに、彼等は狼狽していた。


「誰が闇に味方してるって言った? リオは黒き民でも、魔物でもない。俺が護るって決めた、聖者の転生者だ。見た目だけで判断するなっ!」

 輝く剣を構えたまま、シアルは怒鳴る。

 白き民の祖先に対して、そして、かつての自分に対して。


「闇に染まってんのはどっちだ、お前等こそ冥府に還れ!」

 黄金の光がひときわ強くなった時、シアルは剣を振るう。

 朝日の光に似た神々しい輝きが、エメンの廃墟に広がった。


 何十人もの人間が同時に上げた様な、断末魔の絶叫。

 次の瞬間、岩の巨人は粉々に砕け散った。


 怨霊は黒い霧の状態に戻り始める。

 陽炎のように揺らめく、怒りとも悲しみともつかぬ歪んだ表情……

 無数の顔が、銀の髪を風になびかせ正面に立つ聖剣の主を見つめる。


『……ソイツガ……聖者ダト……?』

 瞳の無い眼球がギョロリと動いて、シアルの後ろにいるリオを見た。

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