やがてその先に、灰色の空域が見え始める。
「……あれが……死の大陸ですか……?」
その下にある、空よりやや薄い色の大地を見つめ、ミーナが声をひそめて問うた。
「この廃墟が、我々の祖先の都市……エメンの都だったのですか?」
瓦礫の転がる地面に降り立つと、オルジェが周囲を見回し問う。
静かに頷くエレアヌの横で、シアルが腰を低く落として構えた。
「気を付けろよ。前にここへ来た時は、変な奴等が襲ってきたんだ」
その右掌から光明が発せられ、聖剣が姿を現した。
直後、地面から黒い霧が吹き出し、無数の人面と化してゆく。
「出たな化け物!」
シアルが、リオを背後に庇った。
「生きていたとはな」
薄暗い広間の奥、黒曜石に似た石の玉座に座り、ディオンは唇の端を吊り上げた。
目の前にある水鏡には、眉を寄せて黒い霧を見つめるリオの顔が映し出されている。
「あの傷では助かるまいと思っていたが、なかなかしぶとい」
薄い唇から、含み笑いが漏れる。
「だが、そうでなければ面白くない」
ついと立ち上がり、黒衣の青年は自分の瞳と同じ色の宝玉に歩み寄り、片手を置いた。
「古の怨霊宿りしもの、その憎しみのままに敵を滅ぼせ」
玲瓏とした声が、薄闇の中に響き渡った。
『小僧、ソイツヲコッチニヨコセ』
『我等ノ手デ引キ裂イテクレル』
殺意……憎しみに満ちた、顔の群れ……
「誰が渡すかっ!」
それを鋭い瞳で睨み、シアルは怒鳴った。
「かつては黒き民と交流のあった貴方達が、何故そこまで敵対心をもつのです?」
その背後でリオを庇う様に抱き寄せながら、エレアヌが感情を抑えた低い声で問う。
『我等ハ、黒キ民ニ滅ボサレタ』
『都ヲ破壊サレ、逃ゲマドウ我等ヲ、奴等ハ魔物ノ餌食ニシタ』
『我等ハ決シテ許サヌ、我等カラ全テヲ奪ッタ黒キ民ヲ』
大地が、鳴動し始める。
現れた土の人形に、怨霊と化したエメンの民は次々と潜り込んでいった。
『闇ニ染マッタ者ヲ庇ウナラ、貴様等モ敵。一緒ニ冥府ヘ落チルガイイ』
闇人形は集結し、次第に巨人と化してゆく。
「させるか!」
シアルの手にした聖剣が、黄金の光を放ち始めた。
(……もう二度と、同じ過ちは繰り返さない……)
命を救ってくれた者と、育ててくれた者。
二人を背後に庇いながら、聖剣の主は大きなサファイアを思わせる瞳で悪しき巨人を睨む。
「リオとエレ兄は俺が護る。お前等なんかに殺させはしないっ!」
強い意思を込めて叫んだ瞬間、夜明けの光の剣は激しい光を放った。
『……ソノ光ハ……。闇ニ味方スル者ガ何故ソンナ光ヲ……』
初めて、怨霊が憎しみ以外の感情を示す。
明らかに、彼等は狼狽していた。
「誰が闇に味方してるって言った? リオは黒き民でも、魔物でもない。俺が護るって決めた、聖者の転生者だ。見た目だけで判断するなっ!」
輝く剣を構えたまま、シアルは怒鳴る。
白き民の祖先に対して、そして、かつての自分に対して。
「闇に染まってんのはどっちだ、お前等こそ冥府に還れ!」
黄金の光がひときわ強くなった時、シアルは剣を振るう。
朝日の光に似た神々しい輝きが、エメンの廃墟に広がった。
何十人もの人間が同時に上げた様な、断末魔の絶叫。
次の瞬間、岩の巨人は粉々に砕け散った。
怨霊は黒い霧の状態に戻り始める。
陽炎のように揺らめく、怒りとも悲しみともつかぬ歪んだ表情……
無数の顔が、銀の髪を風になびかせ正面に立つ聖剣の主を見つめる。
『……ソイツガ……聖者ダト……?』
瞳の無い眼球がギョロリと動いて、シアルの後ろにいるリオを見た。