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第72話:奪われた力

 「来ないなら、そっちの四人と一緒に仲良く死ぬがいい」

 ディオンの目の端が吊り上がり、椅子から立ち上がる。

 同時に、大広間全体が震動し始め、彫刻が全て宙に浮かび上がった。

 二十個はあると思われる彫刻が一斉にリオ達めがけて飛ぶ。

 しかし、それらは一つとして彼等に当たらず、全て空中で弾き返された。


「フッ……その程度は防ぐか」

 ディオンは口の端で笑い、服の袖から黒い宝玉を取り出した。


「では、これならどうだ?」

 それをリオ達に向けて掲げた後、彼は何か呪文の様なものを唱える。

 それはボソボソと呟かれただけで、階下にいる五人には聞こえない。

 だが、大地の妖精ウルディムだけは聞こえたのか、ビクンと全身を硬直させた。

 ふいに頽れる彼を、リオが慌てて支える。


「どうした?」

 苦しそうに息を乱す青年の顔を覗き込み、リオは問う。

「…力…が…」

 呟いたきり、大地の妖精ウルディムは目を閉じた。

 意識を失い座っていられなくなったその身体を、リオは横抱きに抱える。

 その時、突然床がひび割れ、大穴が開いた。


風の妖精エアリゥセ!」

 リオが叫ぶと、一同の身体はフワリと空中で停止した。


精封球メロウも無しに妖精の力が使えるか。だが所詮それは【協力】、大した事は出来ん」

 玉座を背に立つディオンが冷笑する。

 彼が再び何か小声で呟くと、リオに抱かれていた大地の妖精が、身体を硬直させて苦しみ始めた。

 同時に、岩の槍が空中にいるリオたちめがけて飛んでくる。


「……まさか、大地の妖精の力は精封球に封じられたままなのでは……」

 嫌な予感がして、エレアヌが呟いた。


「……そんな……だって大地の妖精は解放されたんでしょう?」

 ミーナが問う。

 見た目より気丈な彼女は、悲鳴こそ上げはしないものの、その声は震えていた。

 その横にいるオルジェも問いかけるように視線を向ける。


「確かに、大地の妖精の【心】は解放されています。が、この様子では【力】、私達にとっての【生命力】のようなものは、あの男の手中にあるのかもしれません」

 そう語るエレアヌの予想は当たっていた。

 ディオンが呪文を唱え、攻撃をしかける度に、大地の妖精ウルディムは苦しみ、次第に弱ってゆく。


「ようやく分ったか?」

 小さな宝玉を片手に持ち、ディオンが笑みを浮かべる。

「さっさと癒しの力とやらを使ってやったらどうだ?」

 リオ、シアル、オルジェ達の睨みを冷笑で受け流し、ディオンは更に呪文を唱える。

 直後、リオに抱かれた青年の細い身体が仰け反り、痙攣し始めた。


「そのままだとそいつは死に、エルティシア大陸は作物の育たぬ不毛の地となるぞ」

『……力は……使わないで下さい……』

 リオが癒しの力を使おうとした時、頭の中に【声】が響く。

『……癒しの力で私が回復すれば、精封球メロウの力が増加します……』

 大地の妖精が、物質化した肉体では言葉を紡ぐ力が出来なくなった為、心で語りかけている。


 ……それは、妖精が親友と認め、心を開いた者とだけ出来る【心話】……


『……回復させないで、どうかそのままに……』

 閉じていた瞼が開き、オリーブグリーンの瞳がリオを見つめる。


『……大陸は滅びません。妖精も、死ねば転生しますから……』

『駄目だ!』

 再び閉じようとする瞼を、リオの心話が止める。

『僕は君を助けに来たんだ。絶対に死なせないっ!』

 瑠璃色の瞳から溢れた涙が、腕の中の青年の頬を濡らす。

 リオから湧き出る青銀の光が、瀕死の妖精を包んだ。


 「……リュシア……」

 声が出せる程度に回復した青年が、掠れた小さな声で呟いた。

 「僕はリオだ。間違えずに呼べるようになるまで、ルティの言う事はきかない」

 応ずるのは、強い口調の声。

 リオの口から咄嗟に出た呼び名に、青年の瞳が丸くなった。

 そして浮かぶ、慈愛に満ちた笑み。

 【ルティ】とは、幼少期のリュシアが妖精たちからそれぞれの真名を聞き、呼びやすいように短い愛称にした1つ。

 大地の妖精ウルディム【エルティシア】の愛称だった。


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