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第3話ーリナリアの力ー

小さな山小屋の中、窓から入って来る風が春を知らせている。見渡せば少し離れた場所にはリナリアの花が咲いている。そんな景色を見ながら思い出す。幼い頃、私は父上に良く抱き上げられていた。


「光の子ミアよ、私の愛するリナリアの乙女…」

父はいつもそうやって私を呼んだ。リナリアの力を受け継ぐ者は薄紫色の瞳を持っている。私も父上も同じ薄紫色の瞳だった。抱き上げられるといつも父上から温かな光が溢れ出し、二人を包む。キラキラと光る力を見て私は聞いた覚えがある。

「お父様、リナリアの力はどういうものなの?」

父上は微笑んで教えてくれた気がする。


でも。


その答えは覚えていない。父上は何とお答えになった? ぼんやりとその光景は思い出せるけれど、父上の言葉は思い出せない。

「何だったかしら…」

覚えている限り、それが健在である父上からの最期の言葉だったような気がする。その辺りの記憶は曖昧だ。思い出そうとすると、背筋が凍り付き、頭が痛くなる。同時に思い出されるのは兄・ロベルトからの躾だ。


兄は父上が健在だった頃から、父上の目を盗んで私を虐げていた。最初はどうして兄が私を虐げるのか分からなかった。何も知らない私は無邪気にも、父上から愛されて、それが当然の事だと思っていたのだ。


でもそんなある日、私は知ってしまう。それは兄の乳母であるオーブリーから知らされた。


その日、いつものように私は私の為に作られたお部屋で、一人、侍女たちに囲まれて遊んでいた。部屋にノックも無しに入って来たのは兄の乳母のオーブリー。オーブリーは私を見守るように傍に居た侍女たちに何かを囁く。侍女たちは顔を見合わせ、会釈をして出て行く。私はこのオーブリーという乳母が少し怖かった。いつも私を見下ろし、意味は分からなくとも嫌な事を言われているのは分かるからだ。オーブリーは私に近付くと、私が遊んでいたウサギのぬいぐるみを蹴り飛ばした。私は驚いてオーブリーを見る。オーブリーはクスクスと笑いながら腰を折り、私に顔を近付け言った。

「光の子だか何だか知らないけど、アンタは自分の母親を殺したんだ。ロベルト様から母親を奪ったんだよ。」

その時はウサギのぬいぐるみが蹴られて悲しかったのと、オーブリーの話し方が怖かったのとで泣いてしまったけれど、話の内容は良く分かっていなかった。その時の私の年齢はまだ4歳だった。


それから2年もすると、私も事情が分かるようになる。そして私が6歳の時に父上が亡くなった。父上が亡くなった時、私は全てを察したのだ。兄はその頃から私を虐待する事を隠す事は無くなった。私をいたぶりながら、兄は独り言のように言った。


お前が生まれたせいで母上が亡くなったんだ

次期皇帝は自分である筈だったのに、お前のせいで自分の地位が危ぶまれるじゃないか

リナリアの力など無くとも自分が立派に国を治めてみせるさ

自分を守る事も出来ない力など、あっても意味は無いんだ

お前は呪われた子なんだ

リナリアの力は呪われている


繰り返しそう言われ続け、私は自分でもそう思うようになった。


「ミア様。」

呼び掛けられてハッとする。シャネスが心配そうに私を見ている。

「どうかされましたか?」

そう聞かれて私はその時、自分が涙を流している事に気付く。涙を拭きながら私は言う。

「いいえ、大丈夫よ。」

体中が震えている。あの兄の暴力と暴言の日々に比べたら、今は平穏そのもの。あの兄から遠く離れた場所に居て、更には私の居場所は兄には知られていない。そう自分に言い聞かせる。


リナリアの力は呪われている…自分を守る事すら出来ないこの力には、何の意味があるのだろう。


自分の手を見つめてそう思う。周囲の人たちは盲目的にこの力を、まるで崇拝するかのように扱う。この光の力が人々をそうさせている…? リナリアの力は私以外の人間が私に、この力にひれ伏すような作用がある…? 兄が私にそうしたように、洗脳のような作用があるというのなら、この力はまさに呪われた力なのだろう。だとすればその力に頼らず、自身の火の才のみで圧政と言えど、国を治めている兄の方が皇帝としては相応しいのでは…?


兄は18歳で皇帝となり、私を幽閉した。皇城の中の事は外に漏れる事も無く、私は病弱で人前には立つ事は出来ないという事にされた。


━━ 北の塔 ━━


そこはまるで牢獄のような場所だ。石造りの塔、冷たく湿った空気の中、私はそこに捨て置かれた。まともな食事も出されず、高い位置にある窓にはガラスははめられていない。部屋の入口は硬く閉ざされ、私の首には首輪が、手と足にもそれぞれかせが付けられていた。幽閉され始めた頃は毎日のように来ていた兄も、その頻度が落ちて行った。その代わり、私に加える虐待は苛烈になって行く。もうどれくらいの頻度で兄が来ているのかも分からなくなった頃には、私はもう自分で何かを考える事を止めていた。


どれくらいの時が経ったのか…おそらく私が12歳の頃だろうか。やっと書けるようになった文字で私は兄に署名するように言われて自分の名を書いた。読むなと言われて読まなかったけれど、それが何であるのかは分かっていた。


皇位辞退宣言書


それが何を意味するのかは、私にももう分かる年だった。兄は何故、あれ程までに皇帝という地位にこだわっているのだろう。私はまともな教育もされず、話す事も禁じられ、声を出す事すら忘れかけていたというのに。


私が泣きも叫びもしなくなると、兄は私に興味を失くしたのか、その頻度はグッと落ちた。苛烈な虐待は何年も続いたというのに、私の体にはその痕跡は無い。


痕跡が無い…


そこでハッとする。記憶のずっと奥の方で何かが呼び覚まされる感覚。


リナリアの力はね、ミア…


父上の声だ。目を閉じて思い出そうとする。


リナリアの力はね、ミア…


頭が痛い…でも思い出したい…


「ミア様!」

急に大きな声を掛けられ、目を開ける。侍女のシャネスが駆け寄って来る。シャネス、どうしたの? そう声を掛けたいのに、声が上手く出て来ない。シャネスは私を抱き、私の鼻を拭っている。拭ったその布には血がついていた。


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