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第5話ー不意の出会いー

「ミア様。」

呼び掛けられて目を開ける。視界にはシャネスが居る。

「シャネス…」

シャネスは瞳に涙を溜めて、私の手を取って握っている。

「大丈夫ですか、お体、具合の悪いところなどはございませんか?」

シャネスがそう聞く。私はシャネスから視線を外し、目を閉じて自分の体に意識を集中する。体中に流れている私の“気”。心臓から流れ出た光の粒が全身に行き渡るイメージを頭の中で描く。リナリアの力が体中を包む感覚がして、目を開ける。私の体は光に包まれていて、その光が徐々に体に溶け込んで行く。それを感じた瞬間、確信する。


大丈夫だ。


私はシャネスを見て微笑む。

「もう大丈夫よ。」

そう言うとシャネスはほっと息を吐き、涙を拭う。


そうだ、こんな辺鄙な所にシャネスと二人きりで住んでいて、病気や怪我があったら、大変な筈だけれど。それに関して何の問題も無いと確信出来るのは、私にこのリナリアの力があるからなんだ、と。


リナリアの力はね、ミア…


お父様の声がまた頭の中でこだまするけれど、その先は思い出せない。無理にでも思い出そうとすると、さっきみたいに倒れてしまうかもしれない。そう思い、私は考えるのを止めた。いつか、ふとした瞬間にきっと思い出せる。そんな確信めいたものを感じながら。


◇◇◇


鮮やかなリナリアの花が咲き乱れ、春を知らせる風が吹き抜ける。私はシャネスと共に山小屋で普段と変わらない一日を過ごしていた。やる事といえば、家の掃除や洗濯、でもそれはシャネスがやってくれている。私も手伝おうと、小屋を出る。シャネスは家の裏手で洗濯をしていた。

「私も手伝うわ。」

そう言うとシャネスが首を振る。

「いいえ! とんでもございません! ミア様にそんな事は…」

そう言うシャネスに笑って私は洗濯物を干し始める。今日は風が気持ち良い。バサバサと洗濯物を広げ、風に当て、ロープに引っ掛けて行く。


その時。


ドサッという音がする。音の方を見ると、そこには森の茂みから人の手が伸びていた。


誰か居る!!


そう思って私は身を固くする。シャネスも音に気付き、私の前に来て、私を庇う。

「ミア様はこのまま、ここに。私が確認致します。」

シャネスはそう言うと、腰に付けていた短剣を取り出す。少しずつ近付いて行き、茂みの中を覗いたシャネスは、その人物を見て、息を飲んだように黙り込む。

「シャネス…?」

声を掛けるとシャネスは私をチラッと見て頷き、そしてその人物を足で小突く。茂みの中へ入ったシャネスはその人物の確認の為か、茂みの中へ姿を消した。

「大丈夫?」

そう聞くとシャネスが立ち上がる。

「大丈夫です、ミア様。」

そして短剣を収めると、溜息をつく。

「ですが、困りましたね。」

シャネスがそう言う。

「この者は生きています、怪我をしていて気を失っているようです。」

そう言われて私は茂みに近付く。見えて来たその人物。倒れ込んでいる人物は男性だ。肩や足に怪我をしているのか、血が流れている。

「手当しないと。」

私がそう言うとシャネスは考え込む。

「ですが、素性も分からない男です。」

確かにシャネスの言う通りだ。けれど、放って置く事も出来ないだろう。

「しかも、見てください。」

そう言ったシャネスはその男性が身に付けているマントを広げる。そこにはジャノヴェール皇国の紋章が描かれている。

「騎士か、兵士か…」

シャネスがそう言って溜息をつく。

「もし、この者が皇帝の手先であれば、すぐにでもここから出ないといけませんが…」

シャネスはそう言って周囲を見渡す。

「他に同じような者が居ないか、確認しなければ。」


そのままその男性を放って置く事も出来ず、とりあえず、小屋の中に運ぶ。シャネスが鳥を使ってハイラムに知らせを送る。野鳥のように飛び回っている鳥たちの中には、私たちとハイラムを繋ぐ、重要な連絡手段である鳥が居る。半日もせずにきっとハイラムがここへ来る筈だ。それまではここでその者の怪我の手当てをしながら待つ事にした。


傷は剣で切られたような刀傷が肩と太ももに、それ以外の細かな傷はここへ来るまでについたように見えた。そして額からも血を流している。頭を打ったのだろうか。血を拭き、傷の手当てをして、ベッドに寝かせる。シャネスはずっと警戒態勢を崩さず、その者を見張っている。


思ったよりも早くにハイラムが数人の騎士たちを伴って小屋にやって来た。

「周囲の捜索を。」

そう言って引き連れて来た騎士たちに指示を出したハイラムは小屋の中に入り、その者の居る部屋に入る。ハイラムはその者を観察し、言う。

「見たところ、騎士のようにも見えますが…」

そう言ってその者が身に付けていたマントを見る。

「問題はジャノヴェール皇国の紋章の入ったマントを身に付けている、という事でしょうか。」

ハイラムはそう言って私を見る。

「ミア様、この者の身元が分からない以上、このままここに置く訳には…」

とは言え、この者を運び出すにも時間も手間も掛かる。

「…周囲の捜索の結果を待ちましょう。もし周囲の安全が確認出来ているのであれば、それ程、逼迫した状況では無い筈です。」

ハイラムは頷いて、私に言う。

「この者は私が見ていましょう。ミア様はお部屋を移動されてください。」


ハイラムにその者を頼み、私は小屋の別の部屋に行く。彼は一体、誰なのだろう。ジャノヴェール皇国の紋章が入ったマント、体つきも大きく、鍛えているように見える。そんなに大きな体格の男性が倒れる程の怪我を負い、こんな最果ての地まで辿り着いたのだろうか。


最果ての地、エンドオブグリーンは周囲を山に囲まれ、道は細く険しい。外界との接触はほとんど無く、表向きは栄えていない。そう見せなければならなかったからだ。外界との接触が無い分、入って来る情報も人間も容易に監視出来る。そしてそれは出て行く情報も人間も然りだ。


完璧な情報統制


それが無ければ、この地はすぐにでも火の海になっていただろう。すぐに数人の騎士たちが小屋に戻って来る。ハイラムが私の居る部屋に入って来て、騎士たちの報告を一緒に聞く。

「周囲を捜索しましたが、この者の他にはあやしい者は見つかりませんでした。」

騎士の一人がそう言う。ハイラムは考え込むように腕を組む。

「しばらくは監視が必要でしょう。私がここに残れれば良いのですが。」

そう言うハイラムに私は言う。

「ハイラムはカタフィギオ<聖域>の統括があるでしょう?ここには誰か騎士を一人、残してくれればそれで良いでしょう。」

カタフィギオと呼んだ場所、それは私たちが食料などを補充しに行っている、あの地下の事だ。もちろん、人前でそう呼ぶ事は無いけれど。

「警戒はしておいた方が良いです。連れて来た騎士の二人ほど、残して行く事にします。」

ハイラムはそう言って、数人の騎士たちに頷いて見せる。

「では、私が。」

そう言って出て来たのはガーランドと呼ばれている騎士。

「私も居残りましょう。」

そう言って出て来たのはヤニックと呼ばれている騎士だ。

「ではこの二人を残して、私は一度、カタフィギオに戻ります。」

そしてハイラムはガーランドとヤニックに言う。

「ミア様を頼んだぞ。」


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