ここ数日、山小屋でリビウスは体を動かし始め、ガーランドやヤニックと共に剣の腕を磨き始めた。傷が完全に癒えている事が分かり、私も安心だった。カタフィギオからは鳥を通じて連絡が頻繁に来ている。
シトリナ嬢は鍵のかかる部屋で過ごすうちに、自分がどうしてカタフィギオに来る事になったのかを見つめ直しているという。幾度目かの鳥からの連絡でカタフィギオに来て欲しいとハイラムから要請があった。
山小屋に居る全員でまたカタフィギオに向かった。カタフィギオに入るとハイラムが私の所へ来て言う。
「ミア様、シトリナ嬢がミア様にお話があると。」
そう言われて私はハイラムに言う。
「分かりました。行きましょう。」
ハイラムは一緒に付いて来ていたリビウスを見て言う。
「リビウスも来てくれるか。」
リビウスは私を見て微笑み、そして言う。
「あぁ、もちろん。」
鍵のかかる部屋に通される。中はテーブルと椅子のみが置かれている。椅子に座っているシトリナ嬢は少しやつれただろうか。ハイラムに促され、私はシトリナ嬢と向き合う形で座る。私が座るとシトリナ嬢は立ち上がり、私のすぐ前まで来て、片膝を付く。ここカタフィギオに来た時のように。
「皇女様、申し訳ございませんでした。」
シトリナ嬢がそう言う。私は少し笑って言う。
「シトリナ嬢、あなたが一番最初に謝罪すべきなのは私に対してでは無く、リビウスに対してです。」
そう言うとシトリナ嬢は頭を下げたまま言う。
「リビウス様、申し訳ございませんでした。」
私のすぐ後ろに立っているリビウスを見る。リビウスは難しい顔をしていたけれど、その表情を少し緩める。
「あぁ、謝罪は受けよう。」
リビウスがそう言う。シトリナ嬢は頭を下げたまま、続ける。
「ここで数日の間、過ごさせて頂き、頭が冷えました。私が何の為にここへ来たのか、目的は何だったのか、自分が成さなければならない事は何だったのか、失念しておりました。」
そう言ってシトリナ嬢が顔を上げ、私を見る。その表情はここへ来た時の、あの顔だ。
「ここへ来るまでの間で、様々な地域を通り抜けました。その中で秘薬を手にしてしまい、心が揺れたのです。」
そう言って少し苦笑いするシトリナ嬢を見て思う。普通ならば既に婚約者が居てもおかしくはない年だろう。そうでなくとも、恋をしたり、社交界に出て色々な男性と他愛の無い話をしたりするのが、この年では当たり前の事なのだ。そして剣を持っているとはいえ、シトリナ嬢も一人の子女。恋しいと思う人に振り向いて貰いたいと思うのは至極当然の事。シトリナ嬢は表情を引き締め、言う。
「私には為さなければならない事があります。父上と母上の無念を晴らし、炎帝ロベルトを打ち崩す。それこそが私の大儀です。」
そう言うシトリナ嬢を見て、思う。
あぁ、そうか。シトリナ嬢もその人生を歪まされた者なのだ、と。
「皇女様、今一度、私に機会をお与えください。」
そう言われて私は微笑む。
「もちろんです、シトリナ嬢。あなたはここ、カタフィギオに居る者の中では、一番、今の皇都に詳しいでしょう。ですからあなたの持つ情報が、私たちエンディアにとっても、大切なものです。」
その時、扉がノックされ、ソーハンが入って来る。
「ミア様、シトリナ嬢の弟君がお会いしたいと申しております。」
ソーハンがそう口にすると、シトリナ嬢が俯く。きっと自分がした事を恥じているのだろう。
「分かりました、会いましょう。」
そう言って立ち上がろうとすると、リビウスが私に手を差し出す。そんなリビウスに微笑んで、私はリビウスの手に自分の手を載せる。
「シトリナ嬢、あなたもここを出て、付いて来ると良いわ。」
そう言うと、シトリナ嬢が胸に手を当て、言う。
「御意にございます。」
◇◇◇
カタフィギオの会議場に入ると、シトリナ嬢の弟であるフォステリが待っていた。私たちが入って行くとフォステリは深く頭を下げる。私はそんなフォステリに言う。
「頭をお上げなさい。」
そう言うとフォステリが頭を上げる。その視界に自身の姉が入ったフォステリは思わず言う。
「姉上……」
そう言ったフォステリの顔は、やはりまだ幼さを感じる。自身の肉親は姉のシトリナ嬢だけなのだから、ここ数日の間はきっと不安だっただろう。すぐにフォステリはハッとして背筋を伸ばす。私はそんなフォステリを見て微笑んで言う。
「シトリナ嬢。」
そう言うとシトリナ嬢が前に出て、フォステリと抱き合う。そんな二人を見て微笑む。仲の良い姉弟なのだろう。挨拶をし終えたフォステリは改めて私に向き合うと言う。
「この度は愚姉がご迷惑をおかけいたしました事、深くお詫び申し上げます。」
私は少し笑って言う。
「もうその件はシトリナ嬢から謝罪を受けています。だからもう謝るのは止めにしましょう。」
私の少し後ろに控えていたハイラムが私に耳打ちする。
「フォステリはここ数日の間、カタフィギオに居る若者と交流を持ち、その才覚で支持を得ています。」
自身の姉が犯した過ちを認めながらも、自身がすべき事を分かっているフォステリに私は感心する。
「そうなのですね、それはとても素晴らしい事だわ。」
ハイラムは何故かとても誇らしげに言う。
「若者たちを鼓舞し、カタフィギオの結束に一役買っているのです。」
そう言うハイラムが何だか少しおかしかった。
「皇女様。」
シトリナ嬢が私に向き合い、言う。
「私も何かのお役に立てるよう、弟に負けずに精進させて頂きます。」
私は微笑んで言う。
「えぇ、期待しています。」
そしてずっと気になっていた事を聞く。
「シトリナ嬢は剣が扱えるようだけれど。」
そこまで言うとシトリナ嬢が言う。
「はい、幼い頃より、剣の腕を磨いて参りました。貴族子女の中では珍しい事ではありますが。ですが今は戦える事が誇りです。」
私は頷いて、ハイラムに振り返り、言う。
「剣の腕を。」
ハイラムが頷き、言う。
「御意にございます。」
ハイラムがそう言うと、今度はフォステリが言う。
「私にも指南を。」
ハイラムはそんなフォステリに微笑む。
「あぁ、分かっている。」
微笑み合う皆を見て、心が温まる。リビウスが私の背中に手を当て、私を見下ろし、微笑む。不意にバタバタと入って来る足音。駆けて来たのはここカタフィギオの伝令係を務めているサフィールという男性だった。
「お伝え致します!」
サフィールがそう言うと、ハイラムが聞く。
「何だ?」
サフィールは息を整えながら言う。
「皇都より秘密裏の伝令です。」
そう言ってハイラムにサフィールが耳打ちする。それを聞いたハイラムの表情が硬くなる。あまり良くない伝令なのだろうか。伝え終わったサフィールにハイラムが言う。
「引き続き、頼む。」
サフィールは頭を下げ、会議場を出て行く。
「ミア様、皇都に居る者からの情報です。消えた英雄を捜索する為に捜索隊が編成され、こちらに向かっているとの事。」
それを聞いたリビウスが顔を顰める。
「情報が捜索隊よりも早くに入ったのは幸運でしたね。」
そしてハイラムに言う。
「では、丁重にお迎え致しましょう。」
そう言うとハイラムがニヤッと笑う。
「御意にございます。」
するとシトリナ嬢が名乗りを上げる。
「私も参ります!」
それに続いてフォステリも言う。
「私も!」
そんな二人に微笑んで、私はハイラムに頷いて見せる。ハイラムも頷き、二人に言う。
「良いだろう。」