取り調べの為にトリスタンは連れて行かれた。皇帝軍の騎士なのだ。情報はかなり持っているだろうとハイラムがそう言っていた。トリスタン以外の先遣隊の数名も一緒に取り調べを受ける事になっている。
その日の夜は皇帝軍の先遣隊を捕えた事で、カタフィギオ内はまるでお祭りのようだった。一方でハイラムはトリスタンを始めとした先遣隊の取り調べをしている。皆が湧く中、私はそんな皆の輪の中から外れ、離れた所から皆を見ていた。
「ミア。」
呼ばれて振り向くとリビウスが微笑んで立っていた。リビウスは私の方へ歩いて来て、私の座っている椅子のすぐ隣に座る。
「何か気になる事でも?」
そう聞かれて私は首を振る。
「いいえ。」
そう言う私の背中に触れ、リビウスが微笑む。私はずっと気になっていた事を聞こうと思い立つ。
「ねぇ、リビウス。」
私がリビウスを見上げるとリビウスが微笑んで聞く。
「ん?」
こうして砕けた口調で話せる事を嬉しく思いながら、私は聞く。
「あなたの名はヴィンセントというのでしょう?今は皆があなたをリビウスと呼んでいるけれど。」
リビウスは少し笑いながら言う。
「俺の事をヴィンセントと呼ぶのは、今は皇帝だけだ。屋敷の中では閣下だったし、皇帝から下賜された苗字はエヴァンスだったから、普段はエヴァンス卿と呼ばれていたしな。」
エヴァンス卿……。そうか、リビウスは平民だったから苗字は無いのよねと、そう思う。
「今はミアが名付けてくれたリビウスが気に入っているから、それで構わない。」
リビウスはそう言って私の背中をほんの少し撫でる。
◇◇◇
そのまま夜は更けていき、私は自室に戻る。このカタフィギオでは珍しい木製のベッドに横になる。隣の部屋にはリビウスが、扉の前にはガーランドとヤニックが、そしてシャネスも控えている。皆に守られている事を感じながら私は眠りに落ちる。
美しいリナリアが咲く丘……その丘の上にはリビウスが座っていて、私を抱き寄せている。とても愛おしそうに。私はそんなリビウスにもたれかかり、その愛を享受している。そしてその傍らには皇帝の証である黄金の剣がある……。
これは……夢?
夢とは思えない程の現実感。吹き抜ける風の匂いすら感じられそうだった。
ハッとして起き上がる。周囲を見回す。部屋の壁に埋め込まれている水晶が光を帯びている。部屋の片隅に置かれている、あの紋様が描かれた石板も、その紋様を金色に浮かび上がらせている。自身を見る。私自身が光を帯びている。
これは……夢見の才だ……。
夢見の才……それは予知夢のようなもの。未来に起こり得る事を夢として見る。夢見の才は皇家の限られた者にしか宿らない力……そしてそれはリナリアの力とも共鳴する。
自身に起こったこの変化はもちろん、初めての経験だったけれど、本能的にこれが夢見の才だと分かった。北の塔で誰かから差し入れられていた書物の中に書かれていた事を思い出す。
夢見の才は皇家に代々伝わるが、その才覚を発現する者は数が少ない。夢見の才が発現した者の見た夢は、予知夢として未来に起こり得るものだが、必ずしも起こるとは限らず、その未来は可変する。
光が少しずつ収まって行き、部屋が元の明るさに戻る。私が見た夢……
リナリアの咲く丘で私はリビウスに抱き寄せられ、確かな愛情を感じていた。そして見えたのは皇帝の証とされている黄金の剣……。黄金の剣は今、その行方が分からなくなっている遺物だ。どこにあるのか、誰にも分からない。そしてこの部屋に掛けられているタペストリーに描かれているのが、まさにそれだった。
黄金の剣を手にした者はその剣を掲げ、光を放つ者の加護を受け、闇を払い、国を清浄の地へ導く
そう言い伝えられている。
リビウスがその黄金の剣を手にする者……? 彼がこの国を清浄の地へ導くというのだろうか。
◇◇◇
翌朝、ハイラムが私の元へ来て報告する。
「トリスタンを始めとする先遣隊全員を取り調べました。今のところ、こちらへの反意はありません。」
夜通し取り調べをしたのだろう、ハイラムには疲れが見えていた。
「ご苦労様でした、ハイラム。少し休んで。」
そう言うとハイラムが苦笑いする。
「はい、ミア様。」
ハイラムと入れ替わるようにして部屋に来たのはリビウスだった。私は昨日の夜、見た夢を思い出し、少し気恥しく感じる。そんな私にリビウスが聞く。
「ミア、どうした?」
そう言われて私は笑う。
「いいえ、何でも無いの。」
そう言いながらも、私の夢見の才の事を話した方が良いだろうかと考え直す。
「何でも無いのだけれど……少し話せるかしら。」
二人で朝食を取りながら、話す。私は昨日の夜に見た夢の話をした。リナリアの丘でリビウスが私を抱き寄せていた事、軍服らしい服を着ていた事、私自身も美しいドレス姿だった事、そして傍らには皇帝の証と言われている黄金の剣があった事……。全てを話すのは気恥ずかしかったけれど、夢見の才の話をするならば、その内容も知っておいた方が良いだろうと思った。そしてこの部屋のタペストリーに描かれている伝説の英雄の話も。
全てを聞き終えると、リビウスは何かを考え込みながら、呟く。
「伝説の英雄……黄金の剣……それがもしかしたら俺かもしれないって事か。」
出会ったばかりで、こんな事を言われても、実感など無いだろうし、夢見の才であろうと間違う事もあるかもしれない。私がリビウスだと思っている人物が実は別の人物である可能性だってあるのだから。
「もしかしたら私がそう思い込んでいる可能性もあるの。」
そう言うとリビウスが私を見て微笑む。
「その夢に出て来た男が俺である事を、俺は願うよ。」
それはつまり……リナリアの丘で私を抱き寄せているのが自分である事を願うという事だろうか。それとも伝説の人物が自分である事を願うという事だろうか。リビウスが私に手を伸ばし、私の頬に触れる。
「ミアももう……気付いているだろう?」
そう聞かれて私は気恥しくなり、俯く。
えぇ、自分でももう気付いている。リビウスが、私にとってかけがえのない人になっている事を。
「ミア。」
呼び掛けられて顔を上げる。リビウスはクスっと笑って言う。
「食事を終わらせよう。」
そう言われて私もクスっと笑う。
「そうね。」
食事を終えると、シャネスが言う。
「ハイラムがミア様をお呼びです。」
そう言われて私はリビウスと一緒にハイラムの元へ向かう。ハイラムが会議場でトリスタンと何かを話している。その周囲に昨日、トリスタンと共に捕らえられた先遣隊の数人も居た。私が入って行くと、その場の全員が私を見て、そして深々と頭を下げる。
「おはようございます、ミア様。」
ハイラムは上機嫌でそう言う。恐らくはトリスタンと何か実りのある話が出来たのだろう。そしてハイラムは私と一緒に入って来たリビウスを見て言う。
「おはよう、リビウス。」
二人の間にはもうわだかまりなど無い。トリスタンはリビウスを見て、少し驚いている。その様子を見てハイラムが笑う。
「あぁ、そうだったな。忘れていた。」
ハイラムはそう言って、歩き出し、リビウスの隣まで来ると、リビウスの肩を抱く。
「トリスタン、貴殿が探していた英雄だ。」