トリスタンはリビウスを見て、手を差し出す。
「こうして向かい合い、お会いするのは初めてですね、トリスタンと申します。」
リビウスはその手を取り、握手する。
「ここではリビウスと呼ばれている、よろしく。」
リビウスがそう言うと、トリスタンは頷き、言う。
「私は皇都で若い騎士たちを束ねていました。その騎士たちは皆、あなたを尊敬していましたよ。」
そう言われてリビウスが苦笑いする。
「止めてくれ、俺が作り上げられた英雄だって事は、皆が知っている事だ。」
リビウスがそう言うと、トリスタンが笑う。
「確かにあなたには実戦の経験は無いかもしれない。それでもあなたが弛まぬ努力をし、鍛錬を重ね、訓練を重ねていた事は皆が知っています。そういうあなたを皆が尊敬しているのです。」
思わぬ事を聞かされたのか、リビウスが少し驚いている。
「あぁ……だが、俺は元脱走兵だ。」
リビウスがそう言うと、トリスタンが笑う。
「脱走兵など、たくさん居るんですよ。ここに居る捜索隊の騎士たちも、私も、皆、逃げたいと、逃げ出したいとそう思った事は数え切れない程、あります。でも誰もそれを実行には移さなかった。何故だか分かりますか?」
そう聞かれ、リビウスが言う。
「いや、俺には……」
トリスタンは笑いながら言う。
「その勇気が無かったのです。あの炎帝を前にして、臆さない者など居ないでしょう。皆、罰せられる事を恐れて、脱走しないのです。」
トリスタンはリビウスを見上げて言う。
「あなたはその勇気を持っている。そして生きようともがき、ここまで生き延びた。それは恥じる事では無く、誇るべき事だ。」
若く士気の高い者なのだなと感じる。そしていとも簡単にリビウスの抱えていた劣等感を払拭した。それは皇都に暮らし、あの炎帝のお膝元で、辛く苦しい経験を積んだ者にしか言えない事だ。滔々と淀みなく語るトリスタンを見ながら、ハイラムは何だか嬉しそうにしている。きっとハイラムはこの快活な若者が大好きなのだろうと分かる。
円卓を囲み、作戦会議がされる。トリスタンは様々な情報を持っていた。今の皇都の現状、炎帝を取り巻く人間たち、その中に潜んでいる同胞たち。
「私をここへ寄越したのは宰相のボゴスです。」
トリスタンがそう言う。久しい名だった。
「ボゴスは、元気なのですか?」
私がそう聞くとトリスタンが言う。
「はい、今も炎帝の宰相として、動いています。そして。」
そこで言葉を区切ったトリスタンはハイラムを見る。
「ボゴスはここ、最果ての地と秘密裏に連絡を取り合っていますね?」
ハイラムはそう聞かれて笑う。
「あぁ、そうだ。」
ハイラムがそう言うとトリスタンも笑う。
「やはり、そうでしたか。」
トリスタンという若者は観察眼が優れているのだなと思う。
「ボゴスは私を捜索隊の隊長に任命した時に私に言ったのです、自分の信じた道を行けと。そう言われた時、最初は意味が分かりませんでした。」
トリスタンは円卓に広げられた地図を指し示しながら言う。
「私たちが通って来た道中、たくさんの人に出会いました。皆一様に疲れ果て、恐怖が広がっていました。常々、私は炎帝の統治について疑問を持って来ましたので、それらを見てやはり、この統治は間違っていると感じています。」
トリスタンが私を見る。
「ここカタフィギオの人たちは生き生きしています。ハイラムを中心にまとまり、その心の支えとなっているのは皇女様、あなた様です。これはここ以外では見られない光景です。本来、そんな統治などあってはならないのに。」
ハイラムが大きく頷く。
「あぁ、だからこそ、私たちはここへ集まり、機会を待っているんだ。」
そうハイラムが言う。
「今すぐにでも動き出したい気持ちはありますが、まずは作戦を立てましょう。」
トリスタンがそう言う。
◇◇◇
トリスタンとハイラムを中心に作戦が練られて行く。
「皇都の警備はそれ程、強くはありません。皆、炎帝の機嫌を損ねないように振る舞っているだけで、忠誠など微塵もありませんから。」
トリスタンがそう言い、皇都の地図を出し、言う。
「昨日、ハイラムと話していて計画を練りました。ハイラムには反対されましたが、囮を使うのはどうでしょうか。」
トリスタンがそう言うと、ハイラムがそれを否定する。
「ダメだと言っただろう? リスクが高過ぎる。」
トリスタンはそれでも微笑んで言う。
「ですが、この作戦が一番、早く確実です。」
ハイラムがそんなトリスタンに抗議するように言う。
「その作戦だとお前も危ないんだぞ? ましてや皇女様やリビウスにも辛い経験をさせる事になる。」
囮、そして私やリビウスが辛い経験をする……そしてそれが発覚すればトリスタン自身も危ない計画……。
「聞きましょう。」
私がそう言うと、ハイラムが言う。
「ダメです、皇女様。あなたにそんな事はさせられない。」
私は笑って言う。
「まだ計画の段階です。聞くだけ、聞いてみましょう。」
私がそう言ってもハイラムは納得していないようだった。
「話してみて、トリスタン。」
私が話すように促すとトリスタンが言う。
「私は英雄、すなわちリビウスの捜索を命じられ、ここへ来ました。それを利用するのです。」
トリスタンがそう言うと、今度はリビウスが言う。
「つまり、俺とミアをトリスタンが皇都まで連れて行く、という事だな。」
トリスタンが頷く。
「えぇ、そうです。私が二人を捕えた事にして、皇都までお連れする。その後は秘密裏にエンディアたちを皇都に入れます。」
トリスタンが皇都の地図を指し示す。
「先程、話したように皇都の警備は穴だらけです。エンディアたちを引き入れるのは容易い。」
ハイラムがそこで口を挟む。
「だが、皇女様とリビウスはどうなる?!」
確かにそう言われれば、私とリビウスの命には何の保証も無い。
「ハイラムの心配も分かりますが、それに関しては恐らく問題は無いかと。」
そう言ってトリスタンが腕を組む。
「今、炎帝は後ろ盾を欲しがっています。だからこそ、英雄を血眼になって探しているのです。そんな時に血眼になって探していた英雄と、更には自分の地位を確固たるものに出来る皇女様が現れれば、炎帝がその機会を逃す筈はありません。」
そしてトリスタンが私を見る。
「皇女様やリビウスには少々、辛い経験になってしまうかもしれませんが、命までは脅かされる事は無いかと。」
そう言われて私も考える。確かに、兄は自分の皇位の正当性を私に支持させる事で維持しようとしていた。そして私は思い出す、あの北の塔での生活を。また兄は私を幽閉するだろう。もしかしたら躾が待っているかもしれない。でもそれは逃げ出したリビウスも同じ事だ。私もリビウスも逃げ出したのだから。
あそこへ戻るのは嫌だと思う反面、ここから皇都へ皆で進軍するリスクを考えると、トリスタンの作戦は誰も失わずに、誰も怪我をせずに皇都へ入れる良策だと思える。リビウスが私を見て頷く。きっとリビウスも同じように考えているのだろうと感じる。
「私とリビウスが皇城内に入った後は?」
そう聞くとトリスタンが言う。
「秘密裏に入れたエンディアたちと合流して、機会を待ちましょう。」