そこまで聞いて、ハイラムが言う。
「今、皇都内に潜伏している同胞たちも居ます。その同胞たちに連絡を取り、自分たちでその機会を作る事も出来るでしょう。」
トリスタンが頷きながら言う。
「しかし、あまり時間はありません。炎帝は短気ですから、待たされる時間が長ければ長い程、結果はより残虐な方法になって行くでしょう。」
するとそこで伝令係のサフィールが入って来て、ハイラムに何かを伝える。何かを伝え聞いたハイラムが言う。
「皇都の同胞も動き出したようです。」
私たちは皆、それぞれに顔を見合わせて頷き合う。
◇◇◇
トリスタンが加わった事で、色々な事が加速度的に進み始める。渋るハイラムとシャネスを何とか納得させ、この作戦が実行に移される事になった。
そして私は自身の開花した夢見の才について、ハイラムやシャネスに話して聞かせた。話を聞いたハイラムは私に夢見の才が発現した事を喜んだ。それもそうだろう。夢見の才は皇家に伝わる特別な力であり、リナリアの力とも共鳴する。この力は私が正当な皇位継承者である事の証になるのだから。そしてハイラムと私、シャネス、リビウス、トリスタンの五人で更に詳しい作戦を練っていく事にした。それぞれが皇帝である兄のロベルトの行動を予測しながら。
◇◇◇
「何か知らせは?」
玉座に座って退屈そうに炎帝がそう言う。
「つい先程、捜索隊の方から、英雄を捕えたと知らせが入りました。」
私がそう言うと炎帝は嬉しそうに言う。
「そうか、そうか。捜索隊の連中には褒美をやらないといけないな。」
炎帝は満足そうにそう言っている。
「それからもう一つ、ご報告が。」
私がそう言うと炎帝が聞く。
「何だ、ボゴス。」
私はこれを炎帝に伝える日がこんなに早く来るとは思っていなかった。
「消えた皇女様が見つかったそうです。」
炎帝は私の言葉を聞いて、目を丸くする。
「ミアが?! ミアが見つかったというのか!」
炎帝はフフフ……と笑い、そして次第にその笑い声が大きくなっていく。
「そうか! 見つけたのは捜索隊か?」
そう聞かれて私は頷く。
「はい、左様にございます。」
炎帝は笑いながら言う。
「そうか、そうか。ミアが見つかったか。居なくなった皇女が帰って来るんだ。皇女を迎える準備をしなくてはいけないな!」
炎帝は上機嫌だった。ミア様を失った事は炎帝にとっても損失だった。自身の正当性を確固たるものとする後ろ盾が無くなったのだから。そのミア様の居なくなった穴を埋める為に偽の英雄まで作り上げたのだ。そして今、その二つともが自分の手中にある。炎帝はさぞ、嬉しいだろう。その時、侍従が玉座の間に入って来て言う。
「皇帝陛下、地下に繋いでいる占い師がまた何かを申しております。」
炎帝は上機嫌で言う。
「英雄が見つかり、皇女も見つかった。それはあの占い師のお陰でもある。褒美をやらないといかん。ここへ連れて来い。」
◇◇◇
ジャーメインが連れて来られる。ジャーメインは相変わらずの小汚い格好をしている。
「何か言っているそうだな。」
炎帝がそう言うとジャーメインが天を仰ぎながら言う。
「光が! ……光が近付いて来ている! 影すら消す程の光が……」
前回見た時と同じように、何かに取り憑かれたようにそう言うジャーメイン。炎帝は笑いながら言う。
「光か……確かに間違いでは無いな。」
光とは皇女様の事だろうと分かる。影すら消す程の光……。リナリアの光の加護の事を言っているのだろうか。
「私は今、ものすごく気分が良い。だからお前の不敬な物言いは許してやろう。」
炎帝はそう言いながら笑う。
「ミアの代わりを務めていた女は、もう要らないな。」
炎帝がそう言う。
「皇女様がご到着されるまでは何が起こるかは分かりませんので、今のまま、北の塔で幽閉を。」
私がそう言うと炎帝が笑う。
「あぁ、そうだな、ボゴス、お前は気が利くな。」
気を利かせている訳では無い。無駄な殺傷をされたくないだけだ。
「その辺りはお前に任せるとしよう。」
英雄が捕まり、皇女様も捕らえられ、ここ皇都へ向かっているのだ。これ以上無い程の高揚感だろう。
「さぁ、皆が到着したら盛大に宴を開こうでは無いか!」
炎帝はそう言って高笑いする。
◇◇◇
長い道のりだった。私とリビウス、シャネスはトリスタン一行と一緒に皇都へ入った。道中、ずっとリビウスは私を心配していた。私はリビウスの心配をしていた。互いに互いの身の方が心配だったのだ。皇都へ入ると、すぐに私もリビウスも皇城内へ連れて行かれる。懐かしい感じがした。まだ幼い頃はこの皇城内を駆け回り、何人もの侍女が私を追い掛けて、笑い合った廊下。父上がとても威厳ある姿で座っていた玉座。その玉座には今や、兄が座っている。私もリビウスも後ろ手に縛られ、膝を付き、玉座に座っている兄を見上げている。
「ヴィンセント。」
兄がそう言う。リビウスは兄を見上げて何も言わない。
「良く戻ったな、ヴィンセント。」
兄は残虐な笑みを浮かべている。そして兄は私を見て目を細める。
「ミア、少し痩せたか?」
兄の笑みはこうして見ていると、身震いする程の恐怖を思い出させる。
「二人とも良く戻った。それぞれに合った部屋を用意している。」
そしてトリスタンを見て、兄が言う。
「良く捕らえたな。褒美をやろう。」
そして兄は手を上げて言う。
「連れて行け。」
◇◇◇
思っていた通り、私とリビウスは別々に連行された。私はかつて私を幽閉していた、北の塔へ連れて行かれる。トリスタンが私を連行しながら私に囁く。
「北の塔の警備については、私が名乗りを上げました。炎帝は皇女様と英雄を手に入れ、上機嫌だったので、私の希望をあっさりと承諾しました。」
私の後ろ手に縛られた縄を緩めながらトリスタンが言う。
「北の塔の内部の警備に関しては私に一任されています。ですので、北の塔内部は私たちの新しい拠点となるでしょう。」
トリスタンを見上げる。
「トリスタン、あなたは大丈夫なのですか?」
そう聞くとトリスタンが微笑む。
「大丈夫です、お任せください。」
私の背後にはシャネスも一緒に付いて来ている。
「シャネスも北の塔に幽閉になったのは、嬉しい誤算でもあります。」
トリスタンがそう言ってシャネスを見る。
「あの炎帝がもっと疑り深く、慎重であったなら、シャネスを皇女様と共に幽閉する事は無かった筈です。」
北の塔が近付いて来る。
「油断をしてくれて助かりました。そしてシャネス、君がか弱そうに見えるように、振る舞っていた事も功を奏した。」
きっとシャネスの事など、視界にも入っていなかったのだろうと思った。私付きの侍女だから、大した事は無いと、そう判断した筈だ。北の塔の前には衛兵が居る。
「これより、北の塔の警備は我々、捜索隊が取り仕切る事となった。」
トリスタンが衛兵にそう言う。衛兵は敬礼をし、トリスタンに言う。
「了解致しました!」
トリスタンは衛兵に微笑んで言う。
「お前たちはもう休んで良い。これからは私たちがここに立つ。」
衛兵は敬礼し、小走りで去って行く。
「さぁ、中に入りましょう。」