俺はミアと別れ、皇城内で俺が使っていた部屋に案内された。縄が解かれると入って来たのはボゴスだ。
「良く戻ったな。」
ボゴスはそう言うと、部屋に居た者たちを下がらせる。そして俺に向かい合い、言う。
「手短に話す。」
そう言って俺に紙を渡す。それを受け取り、目を通す。
「お前が居ない間、お前に下賜されていたお前の屋敷はそのままになっている。厳しい取り調べがあったが、屋敷の者たちは誰もお前の行方を知らなかったのが功を奏した。」
紙には屋敷の者たちが受けた処遇が書かれている。
「お前に付けられていた執事のトラヴィスは上手く立ち回り、まだあの屋敷でお前を待っている。そしてお前が指揮するように指示されていたエヴァンス騎士団は、今、表面上は形だけ保っている状態にしてある。そして……」
そう言ってボゴスが言いにくそうに言う。
「お前に剣を教えたバシルだが。」
バシル……俺に剣を叩き込んだ男。
「全ての咎をバシルが受ける形になった。」
全ての咎? 何の咎だ? 俺が皇都から逃げ出した事か?
「何の話だ?」
そう聞くとボゴスが言う。
「エヴァンス騎士団は表面上、形を保っているだけになっていると言ったな。」
ボゴスはそう言って、俺に渡した紙の一部を指し示す。
「お前が居なくなった後、バシルが騎士団の選出を任され、お前が帰って来た時に機能するように指揮していた。お前が帰って来なくても、その騎士団はエヴァンス騎士団として、その名を轟かせる事が出来るように、だ。」
そしてそこでボゴスが悲しく笑う。
「それが炎帝の逆鱗に触れた。」
紙の上に書かれたバシルの処遇……それは処刑だった。
「処刑……?」
ボゴスは懐から何かを取り出して俺に渡す。渡されたのは、焦げたハンターナイフだった。良くバシルが手の上で回していた覚えがある。焦げているという事は……。そう思いながらボゴスを見る。ボゴスは悲しそうに頷いて言う。
「あぁ、炎帝自ら、バシルを処刑した。」
俺は笑いが込み上げて来る。
「何でバシルはそんな事を……!」
俺がそう言うとボゴスが言う。
「お前はバシルの訓練をやり切った。その事でお前とバシルの間には友情が芽生えていた。それを摘み取る必要があると、炎帝がそう判断したんだろう。お前の為にやっていた事全てが、炎帝の逆鱗触れた、としか言い様が無い。」
涙が込み上げて来る。バシルが死んだ……。この俺の為に……。ボゴスが俺の肩に手を置く。
「そのまま、悲しみに暮れていてくれ。その方がお前の為にも良いだろう。」
俺は顔を上げ、ボゴスを見る。
「何か作戦があるんだな?」
そう聞くとボゴスが頷く。
「そうだ。お前を役に立つ駒にする為に、仕掛けはもうしてある。」
そうか、だから俺はこの部屋に入れられたんだと分かる。
「ミアは……?」
そう聞くとボゴスが笑う。
「もう皇女様をミアと呼ぶ仲なのか。」
そう言われて俺は慌てる。
「そんなんじゃない。ミアがそう呼んでくれと言ったからだ。」
俺がそう言うとボゴスは笑って言う。
「ミア様は大丈夫だ。トリスタンが上手くやっている。北の塔だからここよりも薄暗く汚くはあるがな。」
ボゴスが優しく笑う。
「出来る限りの事はする。だからお前はお前の事を考えろ。一先ず、ここにトラヴィスを呼んでやるから、トラヴィスに色々聞くと良い。あの男は抜け目がないからな。」
思っていたよりもここ皇都にはエンディアたちの同胞が潜んでいるんだなと分かる。俺はそれまで自身の身の上を哀れみ、それにしか目を向けて来なかったのだ。視野を広げれば、こんなにも協力者が居たのだ。自分の不甲斐なさを実感する。
「炎帝自らがここへ来る事は無いだろう。だが、安心は出来ない。だから心しておけ。炎帝の前で絶対に笑みを漏らすな。幸せそうに振る舞えば、その時がお前の最期になるだろう。」
◇◇◇
程なくして、部屋にトラヴィスが来る。
「閣下……」
トラヴィスは部屋に入るなり、俺に駆け寄り、俺に抱き着いて来る。
「ご無事で……」
そう言いながらトラヴィスが俺を抱き締める。
「……すまない。」
そう言うとトラヴィスは首を振る。
「過ぎた事はもう良いのです。このトラヴィスがもっと閣下をお支えするべきでした。」
トラヴィスが俺から離れ、瞳に溜まっている涙を拭きながら言う。
「老いぼれが失礼致しました。」
俺はトラヴィスに言う。
「バシルの事を聞いた……」
そう言うとトラヴィスが悲しく微笑む。
「バシルは閣下が姿を消した後、閣下がお戻りになった際に、少しでも閣下のお力になれるように用意をしていたのです。閣下が姿を消した事で皇帝陛下の機嫌が悪く、虫の居所が悪かったのが不運にも重なってしまいました。」
トラヴィスはそう言って腕をまくって見せる。そこには痛々しい火傷の痕があった。
「この老いぼれも上手く立ち回りましたが、それなりの咎は受けております。」
この俺が自分自身を哀れんで、皇都から姿を消した事で、俺に関わっていた者たちがその咎を受ける羽目になってしまった。
「申し訳ない……」
そう言って頭を下げるとトラヴィスが言う。
「お止めください、閣下。私もバシルも、閣下との縁が繋がった事を誇りに思っています。」
そしてトラヴィスは俺の肩に手を置いて言う。
「過去を悔やんでも始まりません。大事なのはここからどう生きるのか、です。」
トラヴィスは懐から一枚の紙を取り出す。
「まずは私が伝え聞いた事をお話します。今、秘密裏に何が動いているのか、そして閣下はどのように動いたら良いのか。」
その紙を見ながら俺は言う。
「あぁ、でも、その前に俺の話も聞いて欲しい。エンディアの事や最果ての地の事、そしてミアの事を。」
◇◇◇
「皇帝陛下、隣国サイノックスより、使者が参っております。」
侍従がそう言う。炎帝は少し溜息をついて言う。
「通せ。」
侍従が使者を連れて来る。
「ジャノヴェール皇国、皇帝陛下にご挨拶申し上げます。」
使者はそう言って懐から書簡を出す。
「サイノックスの王、エバーハート国王陛下より、ジャノヴェール皇国の皇帝陛下に申し入れがございます。」
炎帝が私を見る。私は頷いて、使者の持っている書簡を受け取り、目を通す。
「何と書いてある?」
炎帝がそう聞く。
「隣国サイノックスの王、エバーハート様から縁談の申し入れです。」
炎帝が吹き出す。
「縁談だと?!」
私は書簡を炎帝へ渡す。炎帝は書簡を読むとニヤリと笑い、言う。
「我が国の英雄とサイノックスの姫との縁談か、悪くない。」
◇◇◇
北の塔は私が居た頃と、そう変わってはいなかった。ただ北の塔の中に私たち以外の人間が居た。
私にそっくりな女性。髪色も出で立ちも良く似ている。一つだけ違っているのはその瞳の色だ。彼女の瞳の色はブラウン。彼女は塔の中で過ごしているようだった。私とシャネスが入って行くと、彼女は私を見て、何かを察したように、頭を下げる。
「あなたの名は?」
そう聞くと彼女が言う。
「私の名はマルティナと申します、皇女様。」
こんなにも似ている女性がここに幽閉されているのだ。彼女は私の身代わりなんだろう。
「酷い扱いは受けていませんか?」
そう聞くとマルティナは微笑む。
「はい、ここに居る事以外では、酷い扱いはございません。外に出る事もありましたが、その時はヴェールを被り、瞳の色を隠すよう、指示を受けていました。」
まさに彼女は私の身代わりなのだ。姿が見えなければ、良くない噂が立つものだ。そういった悪い噂は広がるのが早い。私が最果ての地で安息を得られていたのは、彼女が私の身代わりをしてくれていたからなのだ。私の身代わりだけれど、彼女は私では無いのだから、私のような躾はされていない事が分かって安心する。